うっちー

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のうっちーのレビュー・感想・評価

4.2
 Amazonプライムでは今のところ、最大のめっけものではないか。とても考えさせられ、あれはどんな意味だろう、これはこう読めるのでは、と深読みできる作品。その完成度と、ほどよい隙に驚いた。

 メタルバンドのドラマーとして日々轟音の中で過ごし、歌手の恋人、ルーとともにトレーラーで暮らすルーベン。耳が命の彼を、難聴という不幸が襲う。誤魔化しきれない聴力の欠如。ルーが探し当てた聾者の施設に嫌々入所するルーベンが、しだいにそこでの生活に慣れ、役割も担うようになるが、過去の生活を忘れられない彼は、財産をはたいてい人工内耳を付け、元に戻ろうと抗うが、というストーリー。

 この、ルーベンが入る施設が不思議。特別な治療をするわけではなく、スマホやネットなどの情報から入所者を遠ざけ、ひたすら静かに、共同生活を送る。それぞれに役割があり、たまに車座になって自らの体験を話す時間をもつ。手話だけでなく、口の動き方を読んで会話したり、話したいことを表示させるパネルを使ったり。現状を受け入れて、仲間と協力したりコミュニケーションをして生活するという、自助グループというか、その生活の静かな安定感が興味深い。その主宰者、ジョーの透徹した眼差しと言葉が深い。

 施設の生活に馴染みながらも、みずからの意思で元の生活を取り戻そうとするルーベン。でもそれがことごとく破綻してゆく。その様を観ていると、意思ってなんなのかと思う。何かと優先され、尊ばれてきたものに思えるけれど、実際はどうなのか。能動的であることが引き起こす不調和ということもあるように思え、あ、これって正に、中動態とセラピーの話にかなり被ってくることだと気づく。

 フランスに渡り、以前とは違った生活を送るようになったルーを訪ねるルーベン。やがて取り戻せないものに気づくルーベンとルーのシーンは切ない。こういうのがホントに切ないってことだよ、と思う(花恋とかでなく)。悲しいけれど、ひとりパリの街に佇むルーベンの顔には悲壮感がなく、人口内耳を機能させる器具を外した彼に訪れた静寂の尊さが清々しい。このラストの演出にも唸った。

 とにかく、素晴らしい作品。ルーベン役の俳優さんの風貌と表情にも惹きつけられた。
うっちー

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