さよこ

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のさよこのレビュー・感想・評価

4.8
【映画館で「音」を体験してきた】
突然耳が聞こえなくなったミュージシャンの話。幸せな時間が流れたのは最初の数分で、難聴になってからはどんなシーンも切なく見えた。ろうあになったときの彼の動揺はとてもリアルで、ずっと泣きそうになりながら観ていた。最高に好き。

■映画館の音響システム
ヒューマントラスト渋谷のロビーにスピーカーが展示されていて、最初意味が分からなかった。ろうあの世界がテーマの映画で、最高峰のサウンドに拘るって何?皮肉…?とまで思った。けど、制作陣を含め「音」にこだわった理由が劇中でだんだん分かってきて、映画館で鑑賞して良かったと心底思った。詳しい説明は省くけど、音響システムのクオリティが高ければ高いほど、観客たちは主人公と同じ境遇を「体験」をしてるんだと思った。これは凄い映画だ。

■バリアフリー字幕
健常者にはサウンドで叩きのめして、ろうあ者には字幕で映画を届ける。こんな全方位に向けた視野の広い映画があるんだと驚き、感動した。バリアフリー字幕は、一般的な字幕と異なり、「音」にも字幕がついていた。コーヒーを入れる生活音、犬の鳴き声、ドラムの音。正直最初はセリフ以外の字幕に慣れず、若干の煩わしさを感じた。けれど、話が進むに連れて主人公の世界とリンクし、音を文字で認識することの切なさに変わっていった。字幕がないと音を認識できないこと、音のニュアンスは文字では伝えきれないこと。音を失うことのリアルがそこにあった。深く印象に残ってるのは犬の鳴き声。犬が寂しそうに鳴いても、字幕では(犬の鳴き声)としか書かれず、犬の喜怒哀楽は見えてこない。こういうリアルと音文字の小さなギャップの積み重ねによって「音」と一緒に失ったものの大きさを感じた。

■主人公と彼女
難聴をきっかけに2人の関係性が変化していくのは見ていて切なかった。ライブシーンでの力強さ、朝起き抜けにコーヒーとパンケーキを作ってくれる包容力を見たあとの2人の変化だったから余計につらい。この演出はずるいよ監督。見せ方がうますぎる。リスカ癖のある彼女をケアしてきた彼が今度は「君は俺のすべてだ」「見捨てないで」「支えてほしい」と縋ったり、ろうあコミュニティで暮らしながらもまた再会する日を待ち望んで共同生活を頑張ったり。ずっと彼女オンリーで想い続けていて切なかった。そして図らずも相手の本心を知るのに耳の聞こえは関係なく、無自覚にやった仕草1つだったのもぐっとくる。

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脚本、演出、出演者全てが好みだった。
全部を語らないセリフ回しも最高。

「ドラッグは4年前に辞めたよ」
「彼女との付き合いは4年になるかな」

こういう何気ないセリフのなかに、映画では描かれなかったエピソードがふんだんに盛り込まれてて、とにかく脚本&演出が好き。

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「君の歌声はキレイだ」ほど、哀しい嘘はないと思った。

あとほんの数センチ感情が揺れたら、きっと涙が止まらなかったと思う。泣かなかったけど。ずっと穏やかに哀しかったし、ずっと穏やかに切なかった。

☆星4,8
ライブシーンがあまりに爆音過ぎて(音響が良すぎた?)苦しかったので0,2マイナスしました。でも作品は最高でした…!!!
さよこ

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