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サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~のodddreamsのレビュー・感想・評価

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ドラマーのルーベンはギタリストの彼女ルーとメタルバンドでツアーを行なっていた。しかし、ルーベンはツアー中のある日突然聴力を失い、回復することはないことを宣告される。唐突な音楽活動の終幕を強いられたことに動揺し、混乱するルーベンは彼女との生活もままならなくなる。愛する彼女との会話すらもできなくなった彼は絶望に陥り、自殺が頭によぎるほどに精神的に不安定になる。友人づてに聴覚障害を持つコミュニティでの生活を紹介されるが、そこに属する条件は外界と断絶し、唯一の支えである彼女とも離別することだった。

妙に説教くさくならずとてもよかった。自分の人生で最も重要なパートが失われた時の絶望や混乱がよく描かれていた。たった一つ大切なものをが失われるだけで死が頭をよぎり、なにもかもを壊したくなる。自分ではコントロールできない事が立て続けに降りかかるように感じる。別の道や方法で自分を立て直したかのように錯覚しても、ふいに以前の当たり前の幸せをどうにかして取り戻したくなり、別のやり方で立て直すことがひどく無駄で徒労に思える。そして決心をつけ漸く自分の中で元の状態を取り戻したつもりになっても、そこには細かい齟齬がたくさん生まれて大きな歪みを起こしている。何も元の状態には戻れない。たしかに、そうなった時にその人に寄り添ってくれるものは人間関係でも知識でも形あるものでもなく、静寂なのかもしれない。通常の世界と音のないルーベンの世界の対比や、インプラントを行った後彼が耳を傾けるのルーと父親の歌の歌詞とその異常な音質がよかった。これまでの生活を取り戻そうとアルバムやツアーの話をルーに持ち出した時に彼女が不安から引っ掻く癖をみた時のあの表情。そして、それをみたルーベンが元にはもう戻れないことを悟り、翌朝静かに彼女の元を去る。不安と悲しみと不快な機械的な音に囲まれた彼の世界が、補聴器を外した時に静寂に包まれる描写が非常に印象的でした。
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