安城家の舞踏會の作品情報・感想・評価

安城家の舞踏會1947年製作の映画)

上映日:1947年09月30日

製作国:

上映時間:89分

ジャンル:

3.7

あらすじ

「安城家の舞踏會」に投稿された感想・評価

没落する華族のお話。小林信彦のコラムか何かで知り観てみたのですが、キャラクターは立ってるし、ストーリーもわかりやすく、演出もキマっていて、とても楽しめました。
第二次世界大戦を経て、華族制度が廃止されたために名門の誉れ高かった安城家も昔のような優雅な生活ができなくなる。家財や屋敷を全て手放す前の最後の行事として舞踏会を盛大に開催することになるが…。

久々の邦画!吉村公三郎監督、新藤兼人脚本、そして原節子主演という豪華な布陣。まさにこの映画が公開される直前に、明治時代から続いてきた華族制度が廃止となったというタイムリーさも相まって、本作に漂う戦後日本の悲壮感はリアリティに満ちています。国内外問わず、こういった王室や貴族の没落をテーマにした作品(『山猫』や『ラストエンペラー』とかもそう)で描かれる、「当たり前」の日常や身分が戦争を機に奪われてしまう恐怖は、現代の私たちにとって想像を絶する世界ながらもそれでも十分見ていて辛い…!時代に翻弄されるとはまさにこのこと。
そんな現実から逃避するかのように、豪華絢爛な舞踏会を開いて栄華の時代の余韻に浸る登場人物たち。当主の忠彦やその娘の敦子など、それぞれの思惑が入り乱れて、最後はそれぞれ号泣しながら自らの思いを爆発させあう姿が痛々しい…。舞踏会の華やかさと美しい音楽が逆に残酷に感じちゃいました。

古い映画はたいていセリフが聴き取りづらいんですが、本作は聞き取りやすくてびっくり!
吉村、新藤。
たくみなんですが、暗さがなんかなぁ。

背中のアップの多用がよかった。
原さんははまり役。
お金の入った大きいカバンを抱きかかえる原さんの強さとかわいさにノックダウン。
森雅之。さすが!
ボンボンがよく似合う。
悪い顔が怖い怖い。

華族制度があり、没落した時代を描いた歴史的な作品。貴重ですね。
nae

naeの感想・評価

2.6

このレビューはネタバレを含みます

華族制度の廃止年が1947年。まさにリアルタイムで没落する華族の話を題材にしたのは面白いと思います。
映画自体にそこまで深い意味はないのかもしれませんが、時代による価値観の塗り替えで失われていく特権階級のアイデンティティ、衰退する華族の哀愁、華族だった人々とそうでない人々の新しい時代の恋模様が描かれており、とても興味深かったです。
GHQに褒められたという映画?「桜の園」を下敷きに描くが、日本でこんな事やるかなぁ?そういう疑問が渦巻きながら見るのは、良い観方ではないと思ってはいますが。しかし、滝沢修と殿山泰司の共演が見れるとは。その部分だけでも拾い物。原節子は、原節子だとしか言いようがない。新藤兼人が脚本家として認められた作品としても有名。
華族制度の終焉を背景に、没落する一家が最後に開く舞踏会での話。マジでおもしろかった。
家族のプライドを捨てきれなかった長女が遂に庶民の男を追い掛けるシーンや、長男が最後に感情を露わにするシーンの鋭くエモーショナルな強烈さは増村……というか彼の師匠であるヴィスコンティっぽい。貴族の没落というテーマもそうだけど。
流麗な撮影と階段の使い方も良い。
時代に取り残された没落していく華族を最後の一夜舞踏会を通してその人間模様をグランドホテル型式で描く。過去の栄光を引きずる父や出戻り長女、放蕩癖の抜けない長男、唯一現実的な生き残りを模索する次女。元43万石の殿様一家の相克を使用人との関係を含め凝縮したドラマ構成や、悲劇に終わらせない朝方の父娘の人気の去った広間での舞踏など上手い語りでした。でも明治の鹿鳴館もそうなんだろうけど日本人の舞踏会は似合わないね。
20/7/6
この時代を象徴するべき傑作
しゅう

しゅうの感想・評価

3.6
華族制度の廃止で没落する一家を描いているが、ヴィスコンティの描く貴族の退廃とは違う日本的な地味さながら虚栄心を捨てきれない旧華族の空しさを描いている。
舞踏会での奥行きのある空間の活かし方やパンフォーカスの使い方には上手い描写もあり感心させられる。
滝沢修、原節子、森雅之等の出演者も柄にぴったりの好演。
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