【カメラを振り回した男】
実験映画の名匠マイケル・スノウはカメラの動きに着目した作品を手掛けている。代表作の『波長』では、とある部屋の中を45分かけてズームしていき、やがて波の写真へと眼差しが向けられる。このゆっくりした運動の中にはパトカーの音やビートルズの楽曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」が流れ、我々観客の関心をイメージの外側へと向けさせる。
『<----> (Back and Forth )』では、特殊な回転装置に備え付けられたカメラが右に左に回転する。その切り返しの音が段々と遅くなったり早くなったりする。この波のような動きと、それに伴う音の振動が心地良さを観る者に与える。ただガランとした教室を撮っているだけではない。カメラが右に振ると、左にいた人が死角となり見えなくなる。今度は左にカメラが振れると、人がいなくなっている。再び右に振れると、窓から人が現れ同じ方向へ移動する。そして、いつしか群衆が教室にひしめき合う。中央付近で、小競り合いが行われているが、カメラはドライに左右へ振動するだけだ。これにより死角が生まれるので、比較的静的運動の中におけるイメージの外側を描いた彼は動的運動の中でのイメージの外側へと理論を応用させた。
そんなマイケル・スノウがカナダの映画機関から助成金を得て特殊なカメラを作り制作したのが『中央地帯』である。地面を回転しながら捉え続けるカメラはやがて正面を向き、遠心分離機のように我々を電子音と共に振り回していく。イメージにおいて、カメラが向いている方が正面を示すごくあたりまえのことを提示しつつも、高速で回転する世界を前に我々は何をもって上下左右を認識しているのか。それは重力が定義しているのではといった気づきを与えてくれる。実際に無重力空間にある宇宙ステーションでは上下の概念がなくなり、自分と世界との関係性で上下が決まってくる。それを擬似体験させてくれる作品がこの『中央地帯』といえよう。
なおガイ・マディンとエヴァン・ジョンソンは、本作で開発されたカメラに惚れ込み、『The Forbidden Room』撮影時にマイケル・スノウへ直談判し借りたエピソードがある。