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あゝ、荒野 前篇のmのレビュー・感想・評価

あゝ、荒野 前篇(2017年製作の映画)
1.8
これは酷い。何故世評が高いのか全く分からない駄作だった。

2021年を舞台にして、オリンピック後の特に変わらない日本が案の定不景気へと向かう様や、高齢化に伴うエグいビジネスの変化に奨学金返済者に向けた徴兵等、おそらく確実に起こる近未来日本のぬるい地獄のディテールを作品内に盛りこもうという脚色の野心は興味深いが、ひたすら無意味に乱雑にそれらを物語の背景に配置しているだけなので、特に何も訴えかける事はできていない。メッセージ性ではなく時代の空気感を出したかったというのもあるかもしれないが、だとするとあまりにごちゃごちゃと装飾されていて本筋の妨げになっている。
原作にもヒロインの過去の地震の設定はあるらしいが、そこに東日本大震災を取り入れた事がまた浅はかさに拍車をかけている。
自殺研究会の一連のシーンはあまりの酷さに失笑するしかなかったが、こちらも原作にあるらしいとはいえ果たして本当に必要だったのか(必要ならもっとしっかり演出すべきだったのでは)。おそらく後篇で自殺研究会の今野杏南がヤン・イクチュンと関係を持つのだろうが、果たしてどうなるのか・・・


肝心のボクシングについて触れると、菅田将暉が明らかに身体を作りきれていない(対象的にヤン・イクチュンや敵役の人々が身体をかなり作ってきているだけに線の細さが目立つ)のを筆頭に、でんでんトレーナーの根性論だけで技術を全く教えない時代錯誤のスパルタ指導(昔気質とはいえもう少しテクニック面の指導が無いとボクシングの説得力が無い)、試合展開の説得力と熱気の無さ(クライマックスの主人公のスイッチは余りにボクシングという競技を舐め過ぎているのでは、彼がそういうキャラクターだとしても)、と正直ボクシング映画としてのクオリティは低かった。スケジュールに余裕の無い中で肉体の事まで求めるのは酷だとしても・・もう少し、と思ってしまう。

菅田将暉の演技には貪欲さと熱心さ故の空回り(監督が全く彼を制御する気がないのが拍車をかける)と、確かな演技力から来る微かな余裕があって、そこが個人的に観ていて辛い。
脇を固めるベテラン勢が上手く抑えてくれれば良かったが、ベテラン勢も今回は全員漏れなくオーバーアクトなので、もうどうしようもない。監督の演出手腕の無さがはっきりと観て取れる。

個人的にこの映画で最悪だったのは、女性の描き方だった。ボクシングで暴力性を発散する主人公達のもう一方の野性=性欲をぶつけられる相手としてしか扱われていないような女性登場人物達が気の毒だ。
木下あかりが演じるヒロインの人物造形は、震災や母親との関係に男と寝て金を盗むやさぐれ方、性的奔放さや主人公の性欲をひたすら受け止める役割と、捻れた『聖母』タイプというかある種のステレオタイプで安直だ(原作がそうなのかもしれないが、監督と脚本家の問題とも思う)。
その母親役でまたしても日本映画界に不憫な扱いを受けている河井青葉にはなんだかこちらが申し訳ない気持ちになってくる(濱口竜介監督「PASSION」で見せた彼女の素晴らしさが浪費されている哀しさ)。
原作にはなく脚色で創作されたという主人公2人の両親の登場や因縁関係はあまりにも御都合過ぎて白けてしまったが(ドラマの為のバックボーンを作り込み過ぎている)、2人の両親に加えてまさかヒロインの母親まで新宿に来るとは、因縁回収のお膳立てが露骨過ぎる(原作にあると言われてもこれはやり過ぎだ)。脚色の意図があまりにも見え透いている。
もう1人のヒロインであるらしい今野杏南もこれでは色気と濡れ場を見せにきただけで、彼女が他作品に出ている時と同じく色気のある『もの』としてしか扱われていないように見える。木下の場合と違って彼女の場合は本人の演技力にも問題がある事が自殺研究会フェスのシーンの見つめる芝居で露呈してしまっている。あれで虚無を表現できているのかどうか。彼女の役柄に関しては後篇で活きてくるのかもしれないが・・そこはまだ微かに期待しておきたい。

女性像は全体的に『昭和』の影を引きずった時代錯誤なものだった。
脚色や映画全体のトーンも男性達の言動や女性達の乱雑な扱いも昭和の日本の野性味を志向しているが、21世紀の今それをやる事はこの映画が背景で(おそらく)暗に批判しているオリンピックにもう一度夢を見たい人々と変わらないのではないだろうか。それともそれこそが『ハングリー精神』なのか?

全体的に脚色も演出も演技も、それらを自由に動き回って撮るメリハリのない撮影も、野心の空回りが酷過ぎて長時間観ているのが辛い。熱情をありのままぶつけるだけでは駄目だ、どこかで統制が無いと、と思ってしまう。
せめてタイトに絞って2時間半の1本の映画にまとめて欲しかったが・・


しかしこの映画にも美点はある。ヤン・イクチュンと山田裕貴は光る何かを持っているので、この2人を観るだけでこの映画には価値がある。
ヤンさんの可愛らしさと作り込んだ身体、時折鈍く光る眼光とパンチを観ているとやはり「息もできない」の人だと嬉しくなる。吃音の芝居も良い。
山田の抑えた演技は今作の中で最もまともだったし、抑えても静かに溢れるカリスマ性はやはり役者として強い。山田と菅田がランニング中に対峙するシーンでは明らかに山田の芝居が勝っている。
少しだけ登場する小林且弥にも光るものがあった。

後篇の彼らには期待したい。
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