曇天

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男の曇天のレビュー・感想・評価

4.1
映画として普通に面白い。
フリッツ・バウアーは異端のナチハンター。検事長ながら法を逸脱したやり方で捜査する。しかし、連邦情報局の要職にはナチ側の人間がいて妨害を図ってくる。本人はユダヤ人であるために復讐に駆られていると誤解されて支持されづらく、さらに戦前を生きたドイツ人であるために若者達から批判の対象にされる。世間はまだ全面的に反ナチというわけではなかったらしい。当時ドイツは「経済の奇跡」といわれる復興を果たし、簡単に言えば浮かれていて過去を忘れようとしていた時代だった。アウシュヴィッツ裁判までホロコーストの実態も明かされずナチ側の人間が力を持った、再ナチ化と言われる時期の話。

タバコぷかぷか、トランペットとドラムで引っ張る音楽の使い方がシブくて惚れる。何と言っても原題は”The Peaple vs Fritz Bauer”の意。歴史の汚点を暴くためということもそうだけど、生涯かけて賞賛もなしでアイヒマンを追った男の執念の様がよく出ていて燃える。1950年代末期だけあってスパイ映画の雰囲気もある。
フリッツ・バウアーはドイツの教科書にも載っていないといわれるほど知名度が低かったそうで。戦前はシュトゥットガルトの裁判所判事だったがナチ党の政権掌握後に2回拘束され、戦後までデンマークやスウェーデンなどの国外で亡命生活を続けました。49年に帰国後、地方裁判所長を経て、劇中にも出てくるヘッセン州首相にフランクフルト招かれて1956年検事長に就きます。

鑑賞2回目で誰がナチ残党かナチハンターかの構図がわかってきて面白い。職場には協力者である部下以外にも、彼の仕事を賞賛する市民的な声もあり一方でナチ残党もいたりして中々に混沌としている。孤独に見えるけど秘書や運転手など陰から彼を気遣うドイツ人は多い。靴下や女の歌う歌の歌詞、ローザ・ルクセンブルクの絵など細かい演出がニクい。徐々に明かされる部下アンガーマンの性格とその終局は切ない。
皮肉にもドイツ映画はナチスが題材だと光るのかもしれない。最近把握しきれないくらいナチ映画が出てて困る。『ヒトラー暗殺、13分の誤算』『ハンナ・アーレント』『ヒトラーへの285枚の葉書』は国産映画と言ってよさそう。『手紙は覚えている』はカナダ人監督だけどブルーノ・ガンツが出てる。『栄光のランナー』も観たい。

アンガーマンは架空の人物ですがモデルはいるらしいです。インタビュー記事で語られています。http://cinetri.jp/interview/fritzbauer_larskraume/
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