ToruOtsuka

WE ARE XのToruOtsukaのネタバレレビュー・内容・結末

WE ARE X(2016年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

2017.3.28 静岡東宝会館
今年の映画暫定首位、たぶんベスト3入りは堅い。
そもそもXもX JAPANもアルバム1枚持ってないし、カラオケで歌えるくらい聴いた曲もない僕がなぜ観に行ったのか? それはやはり好奇心だ。1975年生まれの世代としてあのXファンの「熱」を知っているからだ。どうして、なぜにXのファンの人らはああも狂おしいまでに彼らに傾倒するのか? Xジャンプなのか? 僕にはさっぱりわからなかったが、それを外国人監督の撮ったドキュメンタリー映画ならば日本のカルチャーを分析的に見てくれるんじゃないか?と思ったからだった。そして結果として、すべてがつながった。
以下ネタバレ有。

まず僕がXの音楽にハマらなかった理由がわかった。YOSHIKIの書く曲は「死の匂い」がするのだと思う。そして身近に人の死や、死に近しい体験を見た人、した人、しようとした人を惹きつける。猛烈に惹きつける。出てくるファンに突っ込んだ話を聞くとすぐに「祖父の死が、、、」とか「つらくてつらくて、そんな時に、Xに助けてもらった」という話が出てくる。Xにそういうイメージを見ているんだ、ということが次々語られる。映画のひとつの軸は2014年、ニューヨークはマディソンスクエアガーデンでのライブ映像なのだけど、そこでも外国人ファンがビービー泣いている。堪えきれずに泣いている。そう、死のイメージは言語を超え人を惹きつけるということを、突きつけてくる。
翻って僕は1親等の範囲ではまだ誰も亡くしていないし、近親者の暴力的な振る舞いに苦しめられた記憶もないし、自死を考えたこともない。たぶん僕の中にはまだXを求める飢えというか、穴というか、空白、がないのだろう。だから僕はXにハマらずに思春期を無事?に過ごすことに成功した。
その後の90年代にTOSHIが洗脳されてどえらいことになったーとか、HIDE亡くなりましたーとか、YOSHIKI倒れたーとかいうニュースを観ても洗脳って何やっとんの?とか、死ぬほどのことかな?といった外野の感想しかもてなかったのだけれど、今回の映画を見るにつけ、このYOSHIKI(映画中でも語られるがYOSHIKIは重度の喘息患者で実母も彼は永く生きられない子だと思いながら育てていたことが明かされる)の持つ「死のイメージ」とその死のイメージを熱狂的に支持するファンの奔流の中で、メンバーが正気を保つのはなかなか大変なことだったのではないだろうか?そう思うと洗脳報道や死亡報道の見え方が変わってきた。YOSHIKIもホント大変だったのだなとしみじみしている自分に気がついた。幼稚園すみれ組からの同級生が突然とんでもないこと言いだしたら僕だって困るし、彼が帰ってきてくれたら、バンドメンバーが揃ったことよりも、個人として友人として、嬉しい。なるほど、YOSHIKIがやっとわかった。
まだきっと僕にXJAPANの曲がわかるようになるまでは、しばらくかかるようだけど。それでもXJAPANの曲は歌われ続け、それに猛烈に惹かれる人々は、日本の枠を超えて世界中でどんどん増えていることを嬉しく思う。素直にそう思えるようになった。
本当に観てよかった。素晴らしいドキュメンタリー映画。
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