dm10forever

アイム・ノット・シリアルキラーのdm10foreverのレビュー・感想・評価

3.5
【意味深なコピーに異議あり】

う~ん・・・いろんな意味でやられたね。
鑑賞前は、タイトルの「アイムノットシリアルキラー」とコピーの「ソシオパスvsシリアルキラー」を総合的に解釈すると『似たような反社会的思想(つまり殺人に快楽を感じる病質)の持ち主同士が、ジリジリとお互いを追い詰め合うような感じのサスペンスホラー』みたいのを勝手に考えていました。
既にこのコピーの時点で物語の方向を大きく左右する設定を言ってしまっているので、ここに心霊だ何だをぶち込むと収拾がつかなくなるな・・・という一抹の不安もあり。
ホントに原作も他の方のレヴューも観ていなかったのですが、それにもまして今回は単館上映という事もあってCMも殆ど見る機会がなく、結果として予備知識はほぼゼロの状態での鑑賞でした。かろうじて見たのは映画館においてあるフライヤー(チラシ)くらいですかね。

因みに・・・ソシオパスとはサイコパスと似て非なるものらしい。簡単に言うと、先天的に精神に異常を来たしている状態を「サイコパス」というのに対して、生活環境や社会環境に影響されて精神の異常性が露見、構築された状態を「ソシオパス」と呼ぶそうです。

そこら辺を踏まえた上で途中までは良かったと思います。主人公のジョンの「ソシオパス(社会的病質者)」を形成する(した)背景などが割りと丁寧に描かれていました。
徐々に自身の内面に秘めていた異常性(殺人衝動)が表面に現れてくる様は、一種異様な空気感がありました。
先週見た「ジェーン・ドゥの解剖」とこの映画で【戦慄のモルグ(遺体安置所)ネクロテラーシリーズ】と銘打ってセット販売のような形にしていましたが、正直今作はあまり遺体安置所の設定はホラー要素とは直接関係はありませんでしたが、ジョンの異常性が開放されるキーとして使われていました。
シリアルキラーの餌食となって切り刻まれ、内臓まで取り出された遺体に興味を持ったジョンは、母親に隠れて遺体を観察します。普通、いくら遺体を見慣れているとは言え、あの状態の遺体に興味を持って淡々と遺体や内臓を触ったり眺めたりなど、普通の感覚の人間には出来ないですよね。そしてその上で「この遺体には腎臓がない」という事に気がつきます。それを過去の手術歴などは関係なく感覚的に見つけてしまう辺りが「常人との違い」を感じさせます。

ただね・・・。
自身の衝動が徐々に抑えきれなくなる中で、町で続く不可解で残忍な連続殺人に興味を持つとこまではまだわかるんだけど、そこから犯人を突き止めて、ある種の「勝負」にいく過程がイマイチ理解できなかった。
ま、ソシオパスですから。
いや、そうなんですけどね、それを言ってしまうと何でもアリになっちゃうので、もうちょっと解釈してみようかな。

ジョンの心理状況としてはどうだったんだろう?残忍で猟奇的なシリアルキラーに対して抱いた感情は「敵対心」?それともある種の「親近感」?
きっとどちらも「遠からず近からず」てとこなのかもしれないけど、シリアルキラーの正体を知ってからのジョンの行動のエスカレートを見ていると、それまで仲良くしていた人だったのに・・・みたいな動揺は微塵も感じなかった。むしろ、チェイスを楽しんでいるかのような感じにも見えた。
彼はこの狭い町の中で「最も出会ってはいけない、だけど最も理解できる相手」を見つけてしまった。

ここがこの映画の分岐点だったと思います。どっちに舵を切るのかという意味で。

はっきりしているのは、個人的には行くべき方向を過ったな・・・と。
あのラストに持っていくのは確かに無理が利くようになるし楽だよ。だけど、その分ストーリーの中核を失ったよね。結局正体は・・・って持って行った時点で「ソシオパス」も「シリアルキラー」もどうでもよくなってしまった。
二人がそれぞれの立ち居地で対峙するならそれでも良かったと思う。だけど、それはそれで悲劇的な方向にまっしぐらになることも容易に想像は出来る。だけど出来ればそっちのハードルを選んでほしかった。何故ならこの「タイトル」でこの「コピー」だから。

タイトルも、コピーも全く違う角度から来たなら、ひょっとしたら「ちゃんとしたB級映画」なれたかもしれない。
だけど、最後までどっちつかずというか、スタート時に予定していた目的地とは全く違うところに着いてしまったという感じなので、どうにも評価は難しいな・・・。

映像はよかったです。主人公のジョンも美形です。プロットも好きです。
それだけにちょっと残念な気持ちが残ってしまったのかもしれません。