こーた

ドリームのこーたのレビュー・感想・評価

ドリーム(2016年製作の映画)
-
学生のころ、理系の世界に身を置いていた。
よかったな、と思うことのひとつが、偏見というものがほとんどない、ということであった(完全にない、と言い切れないところが幾分か残念ではあるが)。
肌の色が白いとか黒いとか黄色いとか、男だとか女だとか、若いとか年寄りだとか、そういうのは巨大な自然をまえにすると、あまりにも卑小だ。
数字は嘘をつかないし、人間はちっぽけな存在である、ということを日々思い知らされ、些細なことに拘っているのが、かえって馬鹿馬鹿しくなる。
そんなことにかかずらわっている暇があるなら、もっと計算をしろ、実験をしろ。
今から四百年ほどむかし、科学は宗教という、当時の世界を支配していた「常識」を打破するために生まれた。
この世界を作りたもうた神。世界は神が動かしている。のではない。
それは科学的に説明できるはずだ。科学の建設者たちは、当時そう考えた。
今から五、六十年ほど前、黒人は差別されていた。
NASAの計算室。その近くにあるトイレには、「非白人専用」というプレートが掲げられ、黒人女性は用を足すために八百メートルも走らなければならなかった。日に何度も。
そういう、今から考えればとんでもなく馬鹿馬鹿しい世界の「常識」を、ガリレイが、ニュートンが、名もなき女性たち(Hidden figures)が、計算というハンマーで、粉々に打ち砕いていった。
パラダイムは、シフトする。
太陽が空を巡っているのではない。地球自身が回転しているのだ。
世界の中心で微動だにしなかった地球を、科学の力が宇宙へと解き放っていった。
黒人女性が日々走っていた道は、周回軌道へ連なる軌跡の一部だ。
地球から一歩も出られなかった人類を、計算の成果が宇宙へと解き放っていった。
科学が常識を打破する。
現代を生きるわたしたちは、いま直面している困難を打ち破ることができるだろうか?
もう、越えている。科学者ならそう考える。
いまある奇妙な常識を、乗り越えてしまったら、どうしよう。
その先に待っていることを想像し、ワクワクせずにはいられない。
科学がわたしたちの目を開かせ、社会の常識を書きかえ、新しい世界を切り拓いていく。
それはけっして、夢、などではない。