風の旅人

否定と肯定の風の旅人のレビュー・感想・評価

否定と肯定(2016年製作の映画)
4.5
ユダヤ人歴史学者のデボラ(レイチェル・ワイズ)は、大学の講義の場で、突如現れたホロコースト否認論者アーヴィング(ティモシー・スポール)から批判される。
彼女は自著『ホロコーストの真実』の中で、アーヴィングの主張を否定していたのだった。
その後、アーヴィングはデボラを名誉毀損で訴える。
イギリスの法廷では、原告側ではなく、被告側に立証責任が生じる。
ここに歴史的事実(ホロコースト)があったことを証明する奇妙な裁判が始まった。

派手な演出はないが、映像の力を感じさせる作品だった(終始曇天で、重苦しい雰囲気)。
知的作業に用いる体力を維持するためか、毎日欠かさずジョギングをするデボラが印象的だった(その割には感情的になるのが映画として面白い)。
あえて陪審員を使わない戦略(民意はとかく流されやすい)や、ユダヤ人差別主義の信条に基づいた主張なので、「嘘」とは言えないという裁判官の考えには、なるほどと納得させられた。
裁判は「ドラマ」ではなく「ゲーム」なのだから、エモーショナルな要素は必要なく、徹頭徹尾論理的に進められなければならない。
後者はルールを深く理解している方が勝つ。
しかし裁判を離れれば、人間を支配しているのは感情だ。
そのギャップが面白かった。
アーヴィングでさえ、娘の前では一人の父親なのだ。

人は神でない以上、物の一側面しか認識することができず、永遠に「物自体」には到達することができない。
同様に、過去に起こった出来事の全容を知ることはできない。
もはやそれは「今ここ」にないのだから、我々は「過去自体」を認識することはできない。
歴史は様々な証拠や証言から構築される。
決して「歴史自体」があるわけではない。
だとすれば、それは語り継いでいかなければ風化するだろう。
そしてそうなった時にアーヴィングのような歴史を捏造する輩が現れる。
この映画は「歴史物語論者」である僕にとって、記憶に残る映画となった。
尚、原題は「Denial(否認)」。
心理学用語で、自分に都合の悪い現実を認めない心の防衛機能を指す。

最後に、同じホロコーストを題材にした法廷ドラマとして、『ミュージックボックス』をおすすめしておきたい。
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