磔刑

否定と肯定の磔刑のレビュー・感想・評価

否定と肯定(2016年製作の映画)
4.2
「イギリス式裁判狂想曲」

映画の題材にされがちなホロコーストが実際にあったか否かを争う超荒唐無稽な法廷劇だ。
確かに散々映画の題材になっている話ではあるが立証してみろと言われれば素人には到底出来ない代物なのは確かだ。そんなみんな知っている歴史的事実を否定派と肯定派の舌戦を通して“86へぇ”位の学びを得られる一作となっている。

裁判が始まってしまえば否定派にも少し攻勢が見えるものの、基本的には防戦一方で否定派と肯定派の対決軸のドラマとしては弱さを感じる。
個人的にはその裁判内での否定派と肯定派の戦いよりもデボラ(レイチェル・ワイズ)と弁護士団との裁判方針を巡る争いが見応えが面白かった。最初に明かされるアメリカとイギリスの裁判方式、慣例、しきたりの違い。それに加え直情的で感情を満たす判決を望むデボラと勝訴という結果だけを望み、終始クレバーな弁護士団。その水と油、アメリカ人とイギリス人の裁判に対する考え方、意気込みの違いが互いの対立構造を際立たせドラマに良い起伏を与えていた。内心アメリカ人を小馬鹿にしがちなイギリス人とそのイギリスに劣等感を覚えるアメリカ人。その雪解けが裁判の結果によって訪れるのもドラマとして良くできている。

大抵の映画ではいらん事を口走ったり、余計な行動を取って見るものをハラハラさせる役割の人間が主人公側サイドに一人はいるものだが、本作ではその役割をデボラが担っている。綿密に算段された弁護方針を感情に任せて邪魔するのだから弁護士もそうだが観ている方も中々イライラさせられる。しかしそこは流石弁護士と言いたくなる程の正攻法でデボラを真正面から完全論破する姿は非常にスカッとさせられる。いや、デボラは敵じゃないんだけどね。でもあれだけ直情的だと「ざまぁwww」って思ってしまう。

「弁護方針だから」って理由でデボラに裁判中一切喋らせない演出には賛否が分かれるだろう。普通なら物語が佳境に入れば壮大なBGMが鳴る中、主人公が雄弁に語り、敵を論破する事で観客にカタルシスを与えるものだ。しかし、「お涙頂戴は他所でやれ」と言わんばかりに徹頭徹尾主人公に一切喋らせない=見せ場を与えない演出には驚かされる。題材が題材なだけに安易に感情重視のトリッキーな演出を入れてしまうと世界観の崩壊に繋がり兼ねない。その徹底的なまでの冷徹な世界観は『ドリーム』の便所の標識をぶっ壊す演出の対局と言える。
演出の好みが別れる所ではあるし、今作の見せ場が今ひとつ掴みにくく盛り上がりに欠けるのは事実だ。確かに映画的にはホロコーストに収容された人の証言を盛り込んで感情に訴えかける構成にした方がドラマとしては盛り上がるだろう。しかし、その手の作品は他にも山程あり、それとは真逆のアプローチの仕方でホロコーストに収容された人々への敬意が垣間見えるのもこの題材の作品としてはイレギュラーな良さであり、本作のアイデンティティでもある。

映画としては否定論者のロジックや理論も見所や観る者の興味が唆られる要素の一つだ。しかし箱を開けてみれば結論をむやむやにし、自分たちにとって都合よく事実を歪曲するだけの詭弁でしかないのは予想を遥かに下回る内容で残念である。裁判の内容も予想していた結果に沿う形で意外性に乏し。しかし、ドヤった否定論者の顔がぐぬぬ顔に変貌する姿にはカタルシスが生まれるようになっているので一定の満足感は得られる。
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