この裁判自体は結構話題になったから知ってたものの 当時は
“そんな馬鹿げた論理をふりかざす輩がいるんだなぁ” 程度の認識だったような…
改めて 映画として 彼のような人物を 様々な側面から 正否よりもロジックを注視して 観てみると これには違和感ではなく とても危機感を感じてしまったなぁ
同じように過去がどうであったかとか 例えば領土問題 さらにはレーダー照射がどうとか 本当の事実の直視や その後の未来志向よりもまず 己の正義の主張があまりに瞬時に優先され 辻褄の合う部分 共鳴される記事だけに心酔して それ以外をフェイクと斬り捨てるか あるいはハナから目を背ければ 彼のような人間は 周辺国だけでなく この日本にもいくらでも湧いて出るだろう
自分の国の 報道や史実や地図や教科書や価値観 概念 それが絶対だと 意見の対立する相手や国が全て悪だと なぜに言い切れるだろう…
政治家も官僚も警察も院長も芸人も どんなお偉方も 所詮は人間である以上 間違いや慢心も皆無じゃないしね
改めて 正しさって 道具じゃないんだな
そんな冷静さを思い起こされる作品だった