ts

君の名前で僕を呼んでのtsのレビュー・感想・評価

君の名前で僕を呼んで(2017年製作の映画)
4.6
なんだこれは・・・。大傑作じゃないか。「ひと夏の同性愛」だなんて軽薄な表現で片付けられない、極めて芸術的な作品だった。

爽やかなイタリアの夏、光と緑に溢れ、石畳の上を走る自転車、見るからに冷たく気持ちの良さそうな水辺、食事を楽しむ涼し気な庭、そしてそこを舞台に恋に落ちる美少年と美青年。うーむ。なんて耽美的な作品なんだ。音楽が好きでピアノを前に作曲する美少年。筋骨たくましく爽やかで、異文化の香りがする美青年。この二人の役者無くしてこの作品はできあがらなかったと思う。

特にティモシ・シャラメの演技がずば抜けていて、少年期から青年期への精神的成長が、自分の過去を追体験するかのように共感できた。好きだという気持ちは自分自身も理解できていない、その気持ちの整理の仕方もわからない、感情は不安定になる、自分の恋愛感情を自分で試してみたくなる、そんな内面的なもがき、苦しみがあのギリシャ彫刻のように美しいエリオの表情に惜しげもなく出されていた。そして、自分の愛が受け入れられたときの幸せな気持ちも。


そんなティモシ・シャラメの演技は、この作品が題材としている、自らの内に隠された感情が顕在化・表層化されていく過程、を雄弁に語っていたと思う。

- Can’t you just play the Bach the way Bach wrote it?
---, we are not even sure it’s Bach at all.

作中、エリオがギターでバッハを弾いているシーンがある。そこにオリヴァーがやってきて、エリオはピアノの前に移り、さっきの曲を弾いてくれ、というオリヴァーの言葉に対して、リスト風の演奏とブゾーニ風の演奏で返す。

バッハの旋律をリストで隠し、ブゾーニで隠すエリオ。明らかにこれは自分の気持ちを隠すエリオ自身の投影だなと思うし、こんなちょっとしたシーンがエリオの葛藤を自分の心にじわっじわっと染み込ませて来ていることに驚いた。


そんな幼いエリオと青年オリヴァーの対比も面白かった。オリヴァーはもちろん大人なので、自分の感情に忠実に従って行動をする一方、エリオとの距離は常に理性で測っている。そんな中、お互いが自分たちの気持ちを認め合って、結ばれていくという丁寧なストーリーは、性別の違いを超えて、どんな人にも共感を与える普遍的な青春映画として傑作だと思う。情景の美しさに圧倒され、近づいたり遠ざかったりする二人の距離感に心がざわつく前半から、まったくその勢いをそがれることなく、最後の最後まで分厚く書ききった脚本はまさに圧巻。


ちなみに、"Call me by your name" ってどういうこっちゃ、ってよくわからなかった。少なくとも自分は恋人に「自分を○○子って呼んで」なんて言わないし。名前って対象物の存在を明証するために必要だ、ってよく言われるけど、名前を差し替えても内面に広がる感情(存在)はあなたも自分もまったく同一なんだ、という表現を通じて、「自分はあなたのものです」という究極的な愛の支配を訴えているのかもしれない。


なんだか、二人の恋愛模様に関するコメントばかりしちゃったけど、そんな陳腐な作品ではまったくなく、もっと美しく、高尚で、上品かつ気高い物語。正直にいうならば、自分は同性愛に関わる小説や映画にはあまり触れたことがなかったけれど、心が洗われるような体験をさせてもらった。
ts

ts