海老

くるみ割り人形と秘密の王国の海老のレビュー・感想・評価

3.0
名状し難いわだかまりを抱えながら、劇場より歩み出る。
この所感をなんと言葉に綴るべきか、それ以前に、子供と何を話そうか。原作のくるみ割り人形とは随分と異なる解釈に、新しいストーリー、切り込み。それは良いのだけれど、それは良いのだけれど、それは良いのだけれどこの所感をなんと綴ろう。いや、だからその前に子供と何を話すかだ。幼い女の子には、いったいぜんたい、この物語はどう映るのだろうか。
教えて欲しい。
教えてもらおう。


僕:どう?面白かった?
娘:うん、キラキラして可愛かった。
僕:そっか。可愛かったか。
娘:パパは楽しかった?
僕:え?あ、うん...。面白かったよ。
娘:本当に?
僕:う、うん。
娘:・・嘘。
僕:え。
娘:嘘を、おっしゃい。
僕:え?お、おっしゃい?
娘:申し上げても、宜しくて?お父様。本音がまるで隠せておりませんわ。湧き上がる不満はまるでチョコレート・フォンデュのようね。それも、とびきりビターな。
僕:ちょ、どうした。
娘:わたくしには聞こえてきますわ。お父様の本音の声が。『この中身スカスカ加減はブリキの兵隊の体現か。』ですって?まぁ、いやだわ。随分と個性的な事をお考えになるのね。
僕:そこまで言ってない。
娘:『主演の子の可愛さが最大の加点。軍服が圧倒的加点。』とも、おっしゃるのね。寡聞にして、何の事だか分かりませんわね。
僕:否定しないけど『バレエダンスの美しさ』もちゃんと読み取って。
娘:まだありますのね。『名乗っただけで裏も取らず全身で平伏する兵隊、あっさり重要な鍵を奪われる敵、ちょっと押しただけで戦闘不能になる軍隊、その雑魚に亡国の憂き目に晒される国家。どうにもチョロすぎて、砂上の楼閣ならぬ、砂糖の上のお菓子の城を眺める心地。』だそうね。留まるところを知らない含蓄に、まったく頭が下がりますわ。
では、お応えしても宜しいかしら?
『お菓子の城を眺める心地』だなんて、幸せではありませんこと?幻想的な童話に対して賛辞ではありませんか?煌びやかな情景で眼福に酔いしれる事、他に何を求めるというのでしょう?それともお父様は、童話に現実の風合いをお求めになって?金太郎様の骨格筋量を知りたいですか?浦島太郎様の肺活量を知りたいですか?殿方はどうにも理屈をこねて、まるでお団子をこしらえるかのようね。そのお団子に、御犬様は命を賭して忠誠をお誓いになるのかしらね?
あら、わたくしったら、こんなにもお喋りで、はしたないですわね。お恥ずかしい。お話はおしまいにいたしましょう。
ごきげんよう、お父様。


・・・


という夢をみた。

なんちゅう夢だと、眉間にしわを寄せる。

隣で寝息をたてている娘の寝顔を見て、鑑賞後に歯切れの悪い反応をしてしまった昨日を思い出す。
僕の反応に不服そうな娘のふくれっ面を思い描きつつ、少しだけ言い訳をする。
幾つもの改訂版、映画のある、この物語。
僕にとっての最高の「くるみ割り人形」は決して塗り替えられる事は無い。
それは、他ならぬ、愛娘が一生懸命に演じた学芸会。
あの笑顔をもってしたら、どんな物語も勝ち目はない。それは仕方のないことだよ。

などと、考えるや否や、
目を覚ました娘が、少し寝ぼけた眼で僕を見た。
トイレに行きたいらしく、ベッドから這い出て、背中越しにこう言った。




「お花を摘んでまいりますわ。」
海老

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