亘

こころに剣士をの亘のレビュー・感想・評価

こころに剣士を(2015年製作の映画)
3.7
【逃げない人生】
ソ連占領下のエストニア。エンデルは、当局から逃れて田舎町ハープサルで教師となりフェンシング教室を始める。子供たちは、ソ連の首都レニングラードでの大会への出場を望むが、エンデルは当局に捕まることを恐れていた。しかし彼は逃げないことを選ぶ。

実在のフェンシング選手エンデル・ネリスの実話をもとにした作品。ソ連占領下のエストニアで人々は秘密警察を恐れながら暮らしていた。それはエンデルも同じだったが、子供たちのフェンシングへの熱意に押されて一歩を踏み出す。ストーリーは言ってみれば王道だし、素人チームの快進撃というのも出来すぎな気もするけれど、これが実話であることが驚きだし、何よりラストのクレジットが感動的。

この作品の背景にあるのは、エストニアの占領の歴史。第二次世界大戦中はナチスに占領され、エンデルはドイツ兵であった。しかし戦後エストニアがソ連に占領されるとソ連は元ドイツ軍兵士を拘束しようとするのだ。そして今作の中でもフェンシング教室の生徒ヤーンの祖父が秘密警察につかまったり、エンデルが隠れてレニングラードの友人に連絡したりと不穏な空気が流れる。エンデルは素性を隠して全く知らない場所で教師生活を始めるのだ。

本作の中心にあるのはフェンシング。エンデルは当初子供たちとの接し方に迷っていたが、フェンシング教室で出会った子供たちとの交流を通して徐々に子供たちを守ろうとする父親的存在となる。それにソ連当局から隠れるために素性を隠しているエンデルにとってフェンシングは自己表現だったのだ。

それになによりも今作のテーマ「逃げない人生」もフェンシングにつながる。フェンシングでは、自分が前に進めば相手は下がる。逆にし相手が前に出たら自分は下がるが、下がりすぎてラインを超えると警告になってしまう。まさにフェンシング大会決勝のように勝つためには恐怖を忘れて攻めないといけないのだ。エンデルにとっては、大会に出ないことも子供たちに素性を明かして逃げることもできたはず。それでも逃げなかったのは、彼に「剣士」としてのプライドがあったからに違いない。

エンデルと対照的なのが校長で、自分の偏見でフェンシング教室をなくそうとしたり、大会会場にこっそり忍び込み当局の人たちと観戦をしたりと傲慢でも長いものに巻かれるタイプ。そんな校長には終始イライラさせられるが、ラストシーンで出るクレジット「エンデルの始めたフェンシング教室は今も続いている」は、エンデルの正しさを示しているようで感動した。

印象に残ったセリフ:「逃げ回るだけの人生は嫌だ」
印象に残ったシーン:大会でマルタが攻めるシーン。エンデルがハープサルに戻るシーン。ラストのクレジット
亘