• Filmarksトップ
  • 牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版の感想・評価

牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版(1991年製作の映画)

Gu ling jie shao nian sha ren shi jian/A Brighter Summer Day

上映日:2017年03月11日

製作国:
  • 台湾
  • / 上映時間:236分
    監督
    エドワード・ヤン
    脚本
    エドワード・ヤン
    ヤン・ホンカー
    ヤン・シュンチン
    ライ・ミンタン
    キャスト
    チャン・チェン
    チャン・クォチュー
    リサ・ヤン
    エイレン・チン
    チャン・ハン
    チェン・シャンチー
    ニー・シューチュン
    リン・ルーピン
    あらすじ
    1960年代の台湾・台北。夜間中学に通うスーは不良グループ・小公園に属するモーやズルらといつもつるんでいた。スーはある日ミンという少女と知り合う。彼女は小公園のボス、ハニーの女で、ハニーは対立するグループ・軍人村のボスと、ミンを奪い合い、相手を殺し姿を消していた。ミンへの淡い恋心を抱くスーだったが、ハニーが突然戻ってきたことからグループの対立は激しさを増し、スーたちを巻き込んでいく。

    「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 デジタル・リマスター版」に投稿された感想・評価

    このレビューはネタバレを含みます

    個人的な事情で寝不足の状態で挑んだ為、少し長尺がきつくて…笑万全の状態で見たかった。
    内容は素晴らしかったです。


    暗闇とバスケットボールのショットは鳥肌がたった。
    社会のひずみとか少年の鬱屈した感情とかそういう単純なものでは言い表せない、
    決して抗えない大きな何かに飲み込まれていく青春。

    印象的な場面は数え切れないほどあり、
    久々に「映画」をみた幸福感に包まれました。

    小四がなぜあのような結末になったか、一応の”理由”は描かれている。だがこの映画で描こうとしているのは、
    そんな”理由”を超えたところにあるものな気がした。

    小四と小明のあの事件が大筋だからそこだけみればこの映画のテーマは青春の暗部のようにも見えるけど、
    実はそうでなく、この映画の描く”暗闇”はもっと計り知れないくらい広く深いのではないかと思いました。

    そしてこれは決して遠い世界の話ではない。
    小明が撃った空胞が無邪気な日常に一瞬にして亀裂を与えたように、
    ”暗闇”は私たちの日常と常に背中合わせにあり、ふとしたことからそれが顔を表し、いつのまにか侵食されていく。そんなことが私たちの身にも起こりうる、そんな気さえするのです。


    もう一度見たらまた違うものが見えるかも。
    万全な体調のときにもう一度、必ず見たいです。
    長いです。
    すごくすごく好きな人もいると思うけど、わたしはこの長いってだけでちょっと減点…

    薄幸を絵に描いたようなヒロインはめちゃくちゃ良かったです。
    本当の意味で信頼できる人がいないから、いろんな男に寄りかかって本気で生きてる。

    彼女に比べれば理解者も多く一見その時代とかその街ではそこそこ幸せに見える小四がどうしてあそこまで追いつめられてしまったのかは少しわかりにくかった。
    それこそ中2っていう年齢のせいなのか。
    死がとなりにあったことに気づいたからなのか。
    人は簡単に殺せる、というか、殺すという手段があることに、気づいてしまったからなのか。
    やっぱり武器とか権力なんて手にしちゃいけないんだなあ。

    最後に今まで見切れてるだけだったお姉ちゃんが「わたしがいちばんの理解者」みたいに出てくるの解せない。あ、解せないって思ってこれは正解なのかも…
    布教しないでよって途中で出てくるシーンが布石になってたのか。

    小明かわいくないという声があるけど、いや、わたしはなんとなく小明の透明感と儚さもエロさも好きだったけど、
    中学生のときって、なんかあんまりかわいくない子がなぜかかわいいって言われてたなあと思い出した。

    たとえば橋本環奈ちゃんみたいな顔の子がやってたら説得力ないでしょ…

    あと、現代の日本の子どもの中でも、ヤバいやつからどう目をつけられずに過ごすかみたいなのって毎日の課題だと思うけど、
    どの時代も、どの国も程度の違いはあってもそれは同じだなあって思いました。
    2017.6.18
    事件のあの瞬間、思い詰まった二人と、その後の空しい呼び声が切ない。
    台風の夜の強襲シーンは圧巻。
    長いけど、思っていたより飽きないのは画づくりの巧さか、そこに描かれる少年少女たちの乱暴で不安定な心の迫力か。
    観終った時、映画を観たな~という感覚は勿論あるけど、それより少年たちに出会ったという感覚の方が大きい。あの時代の、あの場所に生きていた人たちと出会ったという感覚。

    ただ名前が分からんすぎたのは困った。社会背景も含めて予習してから見るとなお良かったか?
    その意味も含めて、もう一度劇場で観る機会があれば良いな。
    大人は判ってくれない
    動くな死ね甦れ
    クーリンチェ
    ウェストサイド物語
    ライ麦畑、系として私の心にまとまりました。笑
    2017.06.05 京都シネマ◇018
    ある一本の映画というものは、この短い一生の内にたった一度しか観ることができないと思っている
    1960年代の台湾の政治の不安定、社会の不穏な空気を、目を通して肌で読み取る。登場人物たちの監視・密告への怖れと緊張、苛立ちと人間不信を外側から見つめつつ、彼らの拠り所のない生の、足がすくむ恐怖の肌ざわりに共鳴する。張りつめた時代、ヒリヒリと肌を擦る静寂。
    みんな顔が良いな。
    シャオミンの目の離れ具合いとか、シャオスーの真っ直ぐな瞳とか、ハニーのハンサムっぷりとか。

    ただ、エドワード・ヤンの映画は手放しで「面白い!」と思ったことがなくて、この映画でもそうだった。
    一人の純粋で優しい少年が社会の不条理と無理解に晒されて歪んでいきながら、それでも純粋に生きようとする話。狂おしいほどピュア。

    印象的なカット・台詞が多く、さすが名画と言われるだけのことはあるな、と。
    「自分の信念を信じられないなら生きていく意味はない」
    「僕がいる。僕は一生離れない。君を守ってあげる。」
    「私を変えたいのね?この世界と同じ。変えられないのよ。」
    >|