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ムーンライトのchiakihayashiのレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.4
 マイアミの黒人居住地区を舞台に3部構成で進行するひとりの少年の成長物語。が、見終えると同時に、比類のないラブストーリーであることに気づかされる。原案となった戯曲のタイトル「月の光の下で、黒人の少年の肌はブルーに輝く」通り、深い色味の美しい画像で、少年の内面でひそやかに〈愛〉が育まれていく様相をかつてなく繊細に描いた珠玉のような作品。

 第1部、少年シャロンは「リトル」と呼ばれ、母親とふたり暮らしの内気ないじめられっ子。偶然に彼を助けたのが麻薬ディーラーのフアン(マハーシャラ・アリがアカデミー賞助演男優賞)。フアンは恋人のテレサとともにその後もなにくれとなくシャロンのことを気にかけ、海で泳ぎを教えた際には「自分がどう生きるかは自分で決めろ。周りに決めさせるな」と諭す。が、そのフアンがシャロンの母親に麻薬を売りつけている張本人なのだった。

 第2部、シャロンは高校生。母親の麻薬中毒は重症で、学校でのいじめも過酷になっている。フアンはすでに亡くなったが、テレサは変わらずにさりげなくシャロンを「うちのルールは愛と自信をもつこと」と迎え入れる。そんななかでシャロンは、子ども時代からの唯一の友だちのケヴィンと月明かりの海辺で自身のセクシュアリティにはっきりと目覚める。だが、苛烈ないじめの力学によって、ケヴィンはシャロンを殴りつけることを命じられてしまう。

 第3部、シャロンは「ブラック」と呼ばれ、筋骨逞しく自分を鍛え上げ、アトランタで高級車を乗り回す麻薬ディーラーにのし上がっていた。ある夜、ふと思い立ったとケヴィンが電話をしてくる。更正施設に入っている母親と面会したその足で、シャロンは高校でのあの事件以来連絡を絶っていたケヴィンに10年ぶりに会いに行く・・・・・・。

 アカデミー賞作品賞・脚色賞を受賞した監督のバリー・ジェンキンス(1979年生まれ)と原案のタレル・アルバン・マクレイニー(1980年生まれ)は本作が撮影されたマイアミの地域で、学年が違って当時は互いを知らなかったものの、同じ小学校と中学校に通っていた。そして2人とも母親は麻薬中毒だった(マクレイニーの母親はエイズで亡くなった)。
 ジェンキンスはその才能を見てとった教師たちの尽力で州立大学に進み、その授業で映画に出会って魅せられる。一方のマクレイニーも同様にカレッジで演劇を学び、イェール大学の演劇大学院を卒業。数々の戯曲賞やマッカーサー基金のいわゆる〝天才賞〟奨学金を受けるなど、高く評価されている。マイアミ大学で教鞭をとり、高校生に演劇を指導するプロジェクトから生まれたのが本作の原案となった短い戯曲だった。

 ジェンキンスの長編デビュー作(2008)の予算は1万3000ドルだった。それを見たナオミ・ハリスが彼の映画への出演を熱望し、予算150万ドルの本作でシャロンの母親役を、『007スペクター』のプレスツアーの合間の3日間の撮影で演じきった。

 アフリカ系アメリカ人版〝アメリカン・ドリーム〟の一例となった映画?

 いや、この作品が決然と、月のように静かな光をあてたのは、絶望的な状況のなかでも、人と人の間に通い合うほのかな思いだ。自分が何者なのか、どう生きればいいのか、途方に暮れる少年が、フアンやテレサが内に秘めていた優しさにそっと護られたことから、自身がケヴィンに対して抱く想いをも胸の奥底で大事に守り抜く。
 そして観客は、友愛と性愛の境界が溶けて消える稀な瞬間を目撃するのだ。