珍獣

ムーンライトの珍獣のレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
5.0
『リトル』
「Every Nigger is a star」が優しく響くオープニングと共に、売人・フアンの仕事ぶりと街の景色が映し出される。彼が部下と話している最中カメラがぐるぐると周り、ぬるい悪夢を見ているような気分になった。
そして『リトル』というあだ名の少年がいじめっ子から逃げているところに出くわす。居場所のないリトルは廃墟で身を潜めていた。フアンが閉ざされた場所を壊し、手を差し伸べて助け出す。薄暗い廃墟を出て、彼はようやく呼吸をしている様に感じた。その後リトルは学校生活だけでなく家庭でも問題を抱えている事がわかる。家にも学校にも居場所がない彼はフアンと出会い、海で『泳ぎ方』と『タフになる』事を教わる。

『シャロン』
『リトル』の本名は『シャロン』だった。背は大きくなったが、目は変わらない。すぐに彼が『リトル』だった男だと分かるのだ。彼を取り巻く周辺の人物にも変化はあった。ある人は変わらず、ある人はいなくなった。しかしあの街の閉塞感は同じままだ。シャロンは『リトル』の頃からの唯一の友人ケヴィンと海へ行く。そして海でケヴィンから『ブラック』というあだ名を付けられる。あの浜辺で二人きりで話すシーンの台詞が本当に素晴らしかった。小さな言葉を重ね合うだけなのだが、その言葉の端々に豊かさが溢れていた。きっとシャロンの『青春』の極点はここなのだな、と思わせられた。そして月明かりの下で彼らは友人だけではない関係になる。
しかし、その後にあまりにも悲惨な出来事が彼らを待ち受ける。『タフである』事を問われ、ある選択を迫られるのだ。そして浜辺で見つめ合ったあの優しい目から光が失われる。

『ブラック』
オープニングそっくりの車内からのシーン。そして運転している男の姿。
その姿に胸を締め付けられた。それは所謂男性的な世界で『タフな姿』なのかもしれない。しかし、私にはどうしても『変わり果てた』姿にしか見えなかった。彼は『ブラック』を名乗り、誰かを重ねるかの様にある仕事で生計を立てていた。そこへケヴィンから電話がかかってくる。過去の古傷とでも言うべき、触れない様にしながらもどこかで痛みのある再会を求める電話だった。ケヴィンが働く店へ行き、ぎこちない再会を果たす。お互いの姿、お互いの仕事、驚きながらも受け入れていく。そんな中、ジュークボックスから流れるあの曲!あの曲が彼らの交わりきれなかった思いを一つに繋げるのだ。そして二人で車に乗り、さざ波の音が聞こえ始める。二人の『居場所』に着くのはもうすぐだ。

まさかこんなにも純粋なラブストーリーだとは思わなかった。
居心地の悪かった学校や街や家ではなく浜辺こそがまさに彼らの『居場所』だったのだ。選択肢もロクに与えられず、『タフにならなければ生きていけない世界』で生まれ育ってしまった事の悲哀が彼らを引き裂こうとする。だからこそ『泳ぎ方』を身につけ自分の方法で荒波の中を泳がなければならないのだ。そして音楽の使い方。『リトル』のテーマが世代ごとに変容していくのだ。『シャロン』の時の重低音と不協和音がより一層痛々しさを引き立てていた。そして『ブラック』の時にはあの曲はどうなっていたか。隅々まで行き届いたとても濃密で愛おしい映画だった。

ちなみに、ケヴィンの店で出ていた黒豆の料理が、日本人の私にはどうしても煮豆にしか見えず、あんな甘いものとご飯と肉なんて合うのだろうかと疑問に思ったのだが、あれは「フリホーレス・ネグロス」というキューバ料理で、あの煮豆はブラックビーンズにひき肉やニンニク、スパイスなどを足して炒めたものなのだと知り食べたくなったので、妻と一緒に作ってみたのだがこれが本当に美味しくて、まさに劇中のブラックの様に大満足だったので、ご興味のある方は是非。
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