Inagaquilala

ジェーン・ドウの解剖のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

ジェーン・ドウの解剖(2016年製作の映画)
3.4
「ジェーン・ドウ」(Jane Doe)というのは、日本語で言えば「名無しの権兵衞」(男性ならJohn Doeとなる)。転じて身元不明死体をそう呼ぶ。この作品の原題は「The Autopsy of Jane Doe」、めずらしく日本の配給会社は素直に邦題をつけている。

というのも、そのタイトル通り、この作品の売りはリアリスティックに描かれた解剖シーン。アメリカのバージニア州の田舎町で3代にわたって遺体安置所を営むトミーとオースティンの親子が主人公で、一家惨殺現場の家の地下から身元不明の女性の遺体が発見され、警察官によって彼らのもとに運び込まれる。

緊急で翌朝までに検死をと警察官から頼まれる父親のトミー。デートに出かけようとしていた息子のオースティンも手伝うことになる。その前にもこのふたりが行う解剖のシーンが映されるのだが、大音量で音楽が流され、見事な手際で遺体を処理していく。父親は息子に、検死の要を伝授しながら、まるで医大での実習授業のように仕事を進める。最初は少し感じていた恐怖も、そのあまりにオートマティックな作業ぶりに、いつのまにか薄まっていくから不思議だ。

製作者側は実際の遺体安置所を取材して、できるだけ現実に近いかたちで解剖のシーン再現したということだが、それがリアルであればあるほど、そこから感じる恐怖は稀釈されていくというパラドックスが成り立つ。皮肉なことだが。

むしろ、恐怖は解剖そのものより、この死体が有する異常さ、それらが明らかになってくるにつれて増してくる。外見はなんら傷がないのに内臓に切り傷があったり、胃の中から謎の文字が書かれた布が発見されたり、剥いだ皮膚の裏にも不思議な文様が描かれていたり、このあたりから正体不明の恐怖がトミーとオースティンの父子にも襲ってくる。

人間とは正体が知れないものに恐怖を抱く。リアリスティックに解剖のシーンを見せておき、恐怖に慣れさせておいてから、今度は日常から逸脱した遺体の状況を描写することで、さらに深度を増した恐怖を演出している。するとラジオから流れてくる祝福の歌にも不吉の兆しを感じとってしまう。所詮、ホラー作品はつくりものだと思っている自分でも、このリアリスティックな状況と隣り合わせでやってくる正体不明さには若干の恐怖を感じてしまった。

この作品は全米最大のジャンル映画の祭典「ファンタスティック・フェスト」で最優秀作品賞の栄冠に輝いたらしいが、作品が放つ恐怖には少し新味を感じた。監督は「トロール・ハンター」(未見)で注目を浴び、カルト的人気を博しているノルウェー出身のアンドレ・ウーヴレダル。そういえば、どこかスカンジナビアの湿度を感じさせる絵づくりだ。

ちなみに、その後のランチ・ミーテイングの都合で、やむを得ずこの作品しかスケジュールに合うものがなかったので(しかも上映時間も短い86分)、午前中の第1回上映へと足を運んだが、あまり食事の前に観る映画ではないことだけは、付け加えておこう。