小一郎

残像の小一郎のレビュー・感想・評価

残像(2016年製作の映画)
4.0
90歳で亡くなったポーランドのアンジェイ・ワイダ監督の遺作で、実在の前衛画家ブワディスワフ・ストゥシェミンスキの生涯を描いた伝記ドラマ。第二次大戦後、ソヴィエト連邦の影響下におかれたポーランドで、政府の要求した社会的リアリズムに真っ向から反発し、地位や名声、尊厳を踏みにじられるだけでなく、命さえも蝕まれるような状況にあって、芸術への希望を失わず決して屈することなく、自らの信念を貫いた。

というと、ストゥシェミンスキの不屈の精神を劇的に演出しているのかと思うけれど、彼に起こった出来事を簡潔に、淡々と描いている。ポーランドでは「本当の彼自身を描ききれていない」という意見も多いようだ。
(http://witam-pl.com/2017/05/09/blog382/)

こうした表現は監督の年齢による影響という気がしないでもないけれど、多分、ストゥシェミンスキのドラマを描きたかったわけではないのだろう。

<私は、人々の生活のあらゆる面を支配しようと目論む全体主義国家と、一人の威厳ある人間との闘いを描きたかったのです。一人の人間がどのように国家機構に抵抗するのか。表現の自由を得るために、どれだけの対価を払わなければならないのか。全体主義国家で個人はどのような選択を迫られるのか。これらは過去の問題と思われていましたが、今もゆっくりと私たちを苦しめ始めています。どのような答えを出すべきか、私たちは既に知っている。そのことを忘れてはならないのです。>(公式ウェブのワイダ監督の言葉より)

国家機構が抵抗する者に対してとる措置は、一言で言えば“兵糧攻め”。ストゥシェミンスキにとって屈辱的な仕事ですら奪ってしまい、どんな仕事にも就けないようにしてしまう。そして食べることに困って、徐々に体が衰弱していく。それでも尊厳を守るため、国家機構に屈しない人の行く末は死しかない。

日本でも言論界を中心に、言論の自由、表現の自由が脅かされる危険性を指摘する声が強まっている。しかし、自分はどうかと言えば、実感が薄いせいか当事者意識が強いとは言えない。映画では、路上に倒れるストゥシェミンスキを通りすがりの人達が「酔っ払い」と片付けて放っておくシーンがあるけれど、これが暗喩に思えてくる。

国家制度の理不尽と貧困の問題を描いたケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』のように心揺さぶる物語ではないけれど、それゆえに世界中の人に向け普遍的なメッセージを発しているように感じる作品。

●物語(50%×4.0):2.00
・人物を深く描かず、簡潔なストーリーで、かえって際立つメッセージ性。

●演技、演出(30%×4.0):1.20
・第一次世界大戦で片手、片脚をストゥシェミンスキの演技が自然。冒頭のスターリンクの幕で、部屋が真っ赤に染まるシーンが印象的。

●映像、音、音楽(20%×3.5):0.70
・光と影、色使いが良い気がする。

●お好み加点:+0.1
・今、観ておく必要のある作品ではではないかと。