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グッバイ・クリストファー・ロビンのwtson322のネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

アダルト・チルドレンとPTSDの話。
物語は最初と最後のシーンで時系列が噛み合う作りになっているのだが、よく観てみるとその噛み合いは都合のいいエンディングを期待する観客への疑似餌になっているのかもしれない。
winnie the poohの原作者であるA・A・ミルンは第一次大戦への従事経験によるPTSDを抱えており、本業であった舞台脚本執筆にも支障をきたすようになる。彼の妻であり、ビリーの母親であるドロシー、彼女の人物造形が興味深い。彼女は堅物だったミルンとは対照的に、天真爛漫で真っ直ぐな気性の持ち主であり、世間や時代が求めたであろう「母親」のレッテルからは逸脱している。ビリーを産んだのはミルンの執筆の助けのためであり、出産時の痛みから子どもに「殺されかけた」とも表現する。挙げ句の果てには、ミルンとビリーが暮らす家を出て単身ロンドンに引っ越してしまう。彼女の代わりに、いわゆる「母親」としてビリーのそばについたのがナニーのオリーブである。彼女もまた、1人の女性として男性と恋に落ちる。必ず「母親」、または「母親」的なものが求められ、自分の人生を犠牲にして生きねばならなかった女性たちへのオマージュと、それに反抗して生きた彼女たちの歴史が描写されている点は良かった。
しかし一方で、子どもはいつでも庇護されなければならない存在である。肝心のミルンは、PTSDに悩まされ、"2人だけのもの"だった100エーカーの森を、大勢に向けて公開してしまう。ひとりの親として、子どもに十分な愛を向けられず苦しんだミルン。気づいた時には、いつでも取り返すには遅すぎる。
ロッキングチェアで揺れるドーナル・グリーソンの静かな悲しみに満ちた顔を見ていると、最初に観客に向けて投げられたクリケットのボールを皮切りに、すべては都合の良い彼の走馬灯だったのではないのだろうか、という思いが湧き起こる。無事に除隊し成長したビリー本人の口から語られる父への赦しのシーンの後は、ミルンは幼きビリー、クリストファー・ロビンと共に森を散策している。かつて、夏に雪を降らせるという遊びを2人でした山道だ。
すべての想像性が生む残酷な不可逆性が、純白の雪が空に舞い戻る、美しいシーンに集約されていた。
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