台北ストーリーの作品情報・感想・評価

台北ストーリー1985年製作の映画)

青梅竹馬/Taipei Story

上映日:2017年05月06日

製作国:

上映時間:119分

3.8

あらすじ

台北市内のガランとしたマンションの空き家を訪れる男女二人。女は、ステレをあそこに、テレビはここに、と夢を膨らませている。 男は気のない様子でバッティングの素振りのフォームをしながら「内装に金がかかりそうだ」、「わたし、今度昇進するから大丈夫」。 女はアジン。不動産ディベロッパーで働くキャリアウーマンだ。男はアリョン。少年時代はリトルリーグのエースとして将来を嘱望されていたが、いまは家業を継ぎ…

台北市内のガランとしたマンションの空き家を訪れる男女二人。女は、ステレをあそこに、テレビはここに、と夢を膨らませている。 男は気のない様子でバッティングの素振りのフォームをしながら「内装に金がかかりそうだ」、「わたし、今度昇進するから大丈夫」。 女はアジン。不動産ディベロッパーで働くキャリアウーマンだ。男はアリョン。少年時代はリトルリーグのエースとして将来を嘱望されていたが、いまは家業を継ぎ、廸化街で布地問屋を営んでいる。二人は幼なじみ。過去にはそれぞれいろいろとあったようだが、なんとなく付き合いが続いている。 順調に思えたアジンの人生だったが、突然勤めていた会社が買収され解雇されてしまう。居場所を見失ったアジンは、アリョンの義理の兄を頼ってアメリカに移住し新たな生活を築こうと、アリョンに提案する。しかしアリョンにはなかなか踏ん切りがつけられない。ここには少年野球の仲間もいるし家業もある。一度は決心して資金を作るため家も売るが、昔気質のアジンの父親が事業に失敗するとその肩代りに奔走することになる。すきま風が吹き始める二人の間に、ある過去の出来事が重なり、そしてやがて思いもよらない結末が訪れる……。

「台北ストーリー」に投稿された感想・評価

Mypage

Mypageの感想・評価

4.0
良い良い。学校の課題で見たのだけど、勉強になった。
wowowにあった監督 E・ヤン 特集より〜

ホントは 牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 を見たいのだけど・・・ほぼ4時間の長尺に怖れをなして、まずは短めのこの1本からとなりました。

しかし、何も前情報無しで立ち向かうと、
寝落ちすること1回、
集中できず話を追えず断念が1回
と散々たるものでした。
内容の勝手な想像、大人の恋物語 〜(そこまで遠くはないけれど)でもなかったしねぇ〜
あらためて、ネタバレさえも歓迎であらすじを頭に置いて見始めました。

う〜ん、幼なじみはじまりの ブルーバレンタイン
なのか、
甲子園には届かなかった、達也と南の タッチ とか
f(^ー^;

それなりに年をくった身には〝そんなもんだよなぁ〜〟と共感もできる味わいはあるのかな〜

あと、個人的に面白く感じたのが
夜中にHDレコーダーで見ながら途中で寝落ちの時に
うっすら残る意識で、何か自分の中に、本来の物語とは違う、アナザーストーリーが残っていたんですね。
もうちょっとキュンとするよな大人のLOVEって感じだったかなぁ?
潜在意識の妄想か?
そっちをもう一回再生して見てみたい。
Stream

Streamの感想・評価

3.8
主人公の女性の気持ちが痛いほど伝わる。
彼は自分しかみえていない。他人を想っているようで一番近くにいる人の気持ちにはとても鈍感だと感じた。
そういう人は最近とても多いと思う。

サングラスやメガネがとってもオシャレだった。
偶然に見える会話の間や空間が緻密に計算されたものだったらエドワードヤンはやっぱり凄いと思う。そういった点で黒澤や小津の影響があるのではないかと感じた。夜車道を叫びながら走るシーンは園子温作品(特にラスト)を思い出した。
Mari

Mariの感想・評価

3.1
主演二人が二階堂ふみさんと増本庄一郎さんに似ていてしょうがなかった。日本の看板と台北を比較していた。ごはんを飛ばして遊んだり、ペンを投げたり、行儀の悪いことをしていた。現実社会、教育だと絶対に怒られる。映画は、そういうことを普通に出来る世界なのか。現実逃避をするために映画物語があるのかと感じた。スレ違いの劇終。
Canape

Canapeの感想・評価

3.8
幼馴染であり恋人でもあるアジンとアリョンを通して見る変わりゆく台湾の姿。大きな窓の空っぽの部屋で始まり終わる物語。たくさんの夢や希望を抱えているのに大きさが合わなかったり欲しいものが無かったりするみたいにうまくいかない。ディスコで踊る人たちを笑顔で眺めていたのも束の間、無性に言いようのない悲しさと涙がこみあげてくる。朝まで仲間と過ごした誕生日なのに酔いつぶれ眠る仲間の中で一人だけ目が覚めてしまい夢のような時間から一気に明るくなった現実に引き戻される。説明できない瞬間の感覚が切り取られ、ゆらゆらと漂う虚しさ。その中にぽっと灯る赤い電話や洋服や小物や灯りが少しの温かみを感じさせる。無造作に置かれた沢山のサングラス。裸の女の人が横たわった陶器の灰皿。真っすぐな道を行き交うカラフルなトイカーみたいな車。誕生日に揺れる無数のろうそくの灯り。凹凸のあるビルに反射するぐにゃりと歪んで走る車。富士フィルムのネオン管に浮かぶ2人の影。
未来を見る瞳と過去に囚われた瞳。煙草の煙のようにまとわりつき、ふわっと戻る匂いのようにつきまとう憂い。暗闇に溶け込んでそのまま消えてしまいそうな存在。
人生なんてうまくいかない。
台湾ニューシネマの旗手、エドワード・ヤン監督の1985年作。

1985年の日本といえばバブル直前。実感で言えば、80年代に入って始まった“浮かれた感じ”の真っ只中。70年代にあれだけ騒がれた“資源の枯渇”や“公害”はどこ行っちゃったんだ?というくらい、やれワープロだファミコンだウォークマンだCDだTDLだマハラジャだと、次々と押し寄せる新しい価値に無自覚に身を浸していた。

本作で描かれる85年の台湾にも、(日本ほどではないにせよ)“押し寄せつつある新しい価値”の気配を感じる。高層ビルが立つ町や、ファッショナブルな服装に身を包む登場人物からは、日本との隔たりをさほど大きくは感じない。

だが、当時の日本と決定的に違うのは、そこに、必ずしも“浮かれた感じ”が無いことだ。それどころか、映画全体を支配するムードはけっこう暗い。そして、若者は皆、台湾以外に幸福を求めている。象徴的なのは、主人公たちの溜まり場になっているマンションの窓外にでっかく輝く富士フィルムのネオンや、そのネオンに埋没する若者のシルエット。日本やアメリカに憧れ、足元に幸福を見出せないでいる彼らの姿は見ていて息苦しかった。

あれが戒厳令解除前夜の台湾の空気なのだろうか。未来を受け入れつつも過去に引きずられ、時代の恩恵を無邪気に謳歌することが無い、重く垂れこめた空気感。過去を無かったことにしてバブルを謳歌した日本(少なくとも自分とその周辺)とは何という違いであることか。映画からは、19世紀末以降に台湾が辿ってきた歴史の重さが漂ってくる。

それでは何故、同じ時期の日本は、ああもあっけらかんと時代を謳歌できていたのだろう。過去に囚われてもがく本作の主人公を見ていると、我々は、いつからか歴史や価値観を切り離すことを覚え、それを繰り返してきたんじゃなかろうかと思えて来る。
poem

poemの感想・評価

4.3
エドワード・ヤンの映画は、パーソナルな側面だけでなく、ソーシャルな部分も十二分にあり壮大に描いている印象を抱くので、観賞後常にパンクしてしまう自分がいる。笑
まず、恋愛表現はほぼ無いに等しいが、セリフや演出により、こんなにも情愛を描いているのが凄い。お互いすれ違い合いながらも、常に互いを意識しており、過去と未来に執着する2人の微妙な交錯の脚本が圧巻であった。
台湾という自立国家として歩み始めて急速に発展していく情勢は無論、未だ随所に見える日米の跡があるカオスな空間という背景。これが哀愁を助長しているように思えた。ラストシーンがまた切ない…。
marusu

marusuの感想・評価

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体調不良で寝落ち
【男は何もかも取り残されて】

エドワード・ヤンの作品も観ていないのは残すところ「恋愛時代」のみとなり、彼の若すぎる死を悼む数多といる人間のうちの一人に自分もようやくなった。制作途中だったアニメ映画とか絶対観た過ぎてしんどいです。。。

本作はヤンのフィルモグラフィにおいて、ネオン、闇の支配する光、空箱、タバコ、といった美術・空間設計を通して、女と時代に置いてかれる純粋な男の無残、積み上げられた都市に渦巻く人間の欲望、計略の崩壊といったテーマを主に描いてきた彼の作風を方向付けた土台のような作品なのだと思う。

土台の作品といえども当然のように本作も傑作なのだが、やっぱり他のヤン作に比べて見劣りする。しかし、主人公の男女の倦怠な関係にライドするかのようにアイデアや画の取捨選択が(ヤン作品の中じゃ)うまくいってない悪い意味で怠慢なストーリーや、終盤の男の残余と女の内見場面のクロスカッティングを代表とする(ヤン作品の中じゃ)ダサいシーンの繋げ方だったりという至らぬ点は彼が本作を通して自らを模索した痕跡にも思えるような気がするし、実はありがたくすらあるのかもしれない。

螺旋構造の開放的なビルやキャッチボール、日本のレトロなCMだとか好きなとこ言ったらきりがないのだが、結局「ブレードランナー」っぽい退廃的な都市の色気が詰まった富士フィルムのネオンに一番ハートを掴まれた。
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