サーミの血の作品情報・感想・評価

サーミの血2016年製作の映画)

Sami Blood/Sameblod

上映日:2017年09月16日

製作国:

上映時間:112分

3.9

あらすじ

1930年代、スウェーデン北部のラップランドで暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績も良く進学を望んだが、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げる。そんなある日、エレはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちる。トナカイを飼いテントで暮らす生活から何とか抜け出したいと思ってい…

1930年代、スウェーデン北部のラップランドで暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績も良く進学を望んだが、教師は「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げる。そんなある日、エレはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちる。トナカイを飼いテントで暮らす生活から何とか抜け出したいと思っていたエレは、彼を頼って街に出た――。

「サーミの血」に投稿された感想・評価

いにょ

いにょの感想・評価

3.9
2017年105本目。

サーミ人というのは、スカンジナビア北部に住む遊牧少数民族。彼らの住まう土地はラップランド(辺境の地)という蔑称で呼ばれ、ラップ人とも呼ばれる彼らは差別の対象となっている。

主人公のエレ・マリャはそんなラップ人としての出自を呪い、そこから逃がれようと足掻き、身近な人たちを傷付けてしまう。

高福祉国家で幸福度ランキングでも上位に入るスカンジナビア半島の国々にこんな根強い差別があるとは知らず、それを知るだけでも価値のある映画。

人の弱さの悲しさよ。
l

lの感想・評価

-
"誰の心にも宿る醜さ"と"自由を夢見る女性"というコピーに惹かれた 血は、どうしようも出来ない...。おなじ女性として、心苦しい場面がたくさんあった それでも、映像が本当にうつくしかった とくに水の。彼女が否定してきた(で合ってるかな)ヨイクを最後に一度だけ、自分から歌って エンドロール 鳥肌がたった 妹に許して欲しかったのは本心 彼女の強さを、ただ素晴らしいとは思えなかった 幸せだった?
のどか

のどかの感想・評価

3.9
血が印象的に映されていたり、同じ仕草が何度も繰り返されたり、繊細な演出が光る作品でした。映像のすきっとした、クリアなトーンも好きでした。

エレ(クリスティーナ)がちょっと笑顔を浮かべるだけで、それが裏切られるような気がして、エレを必死に止めたくなるような、胸が痛む映画でした。

民族衣装をかわいいねって容易に褒められなくなる。サーミ人の衣装もかわいいんだけど、その服を着ることで、着せることで、サーミ人だという区別がされるわけで。花柄のワンピースを着たら、クリスティーナもサーミ人だとは思われないんだから。

自由なんてどこにもない。スウェーデンの女学生が皆同じ動きをするシーンで思いました。

このレビューはネタバレを含みます

民族差別と言うと大仰に聞こえるけれど、どんな共同体においても、特に学校なんて誰もがそこで擬似的な体験を経てきているはず。少なくとも寄宿舎でエレ・マリャの耳を切った若者を、外野から批判する事は出来ない。無力な子供が社会の暴力的な現実を突きつけられる辛いシーンが続く中での、主人公の力強いに表情には救われた。ただ、子供にこんな顔させるなよって。普遍的なテーマで音楽も素晴らしい作品。
オメナ

オメナの感想・評価

4.1

このレビューはネタバレを含みます

「あいつらは(サーミ人)は何でも主張する。これはサーミの文化だ。これはサーミの権利だ。いつもだ。」
これは北欧に居たときに現地の人に言われたこと。
でもこの映画を見た後、「そりゃ主張したくもなるよ。やっとできるようになったんだから」と思った。

サーミを知らなくても見ることはできるけど、
知った上で見ると、より深く映画を観賞することができる。
例えば、
・スウェーデン語と南サーミ語では言語系統が全く違う
・コーヒーを愛する文化は北欧全体にあるけど、
 コーヒーチーズはサーミ特有の文化
・ヨイクは歌ではない。彼らは「ヨイクする」と言う。
などなど。
いつみ

いつみの感想・評価

3.5
重要な映画で、きっと傑作で、これが現実なんだけど、苦しかった。突き放された気持ちになった。自分が言われたこと、認めたくないことを妹にぶつけてしまうのが切なかった。最後何を思ったんだろうな。
最近またホットになりつつある差別の話。
ラップランド人が差別されているなんて知らなかったけど、日本のアイヌやえた・ひにんを知る外国人も少ないだろうから、外国への認識なんてちゃんと学んでない限りは表面的なものでしかないんだよなぁ。
まぁそれは置いといて。

この作品、差別的な扱いってのが何種類かあることを描いているのが良かった。
悪意を持って貶めるような扱いと、悪意を持たずに観察したり勝手な理想を押し付けるような扱い。
やってることは前者のほうが残酷に見えるけど、実は人間扱いすらしてないのは後者だったり。
後者は悪いと思ってない分、より悪質かもしれない。
結局のところいじめと同じで、受け取る側がどう思ってるかで判断されるのかもしれないけど。

エレ・マリャの態度について、強引で図々しいな〜と思ったりもしたけど、そもそも文化が違うから都市生活を送る人とは少しずれてるんだよね。
ニクラスは結構受け入れてくれたほうだけど、彼の両親みたいな対応になるのは仕方ない気がする。

そういやラップランド人の差別について調べてみたらアナ雪のクリストフもそれらしく、あれもちょっと差別だって問題になったみたいだね。
あとラップランド人って言葉自体差別らしい。難しいね…。おわり
hqho

hqhoの感想・評価

4.0
民族衣装の本で衣装がかわいいなと思って初めてサーミ族を知ったけどそんなにかわいいもんじゃありませんでしたね
Gewalt

Gewaltの感想・評価

4.2
自らに注がれる差別と偏見から逃れるため、自分の文化、集団、そして家族の全てに背を向け差別主体へと同化することを選んだ少女エレ・マリャの物語。

恥ずかしながら、この映画を知るまで「サーミ人」と呼ばれる民族・文化集団が存在することすら知らなかった。無論彼らが被差別集団であったことも。
スウェーデンが、我々の歴史もまた知るところの、その諸制度を通じて諸集団を同質化し階層化するという一場面をまざまざと映し出している。スウェーデン語の習得を強制されサーミ語の公的な使用を禁止される一方で、サーミ人はスウェーデンの主体となる人々から「劣位」のものと見做される。偏見や暴力に晒されるばかりでなく「学術的に」劣った知性の民族と見做される。サーミ人は生きた標本のごとく扱われ、エレ・マリャを含めた少女たちは裸を写真に収めることを強要される。画面に映るスウェーデンの女性たちが皆高身長で等身が高い一方でエレ・マリャはその逆の容姿をしている。エレ・マリャがスウェーデンの女性に混ざって「皆が一様に同じ動きをする」体操に取り組むもまるでついていけない場面は映画が収める世界を端的に示している。
エレ・マリャはそうした状況から逃れるため、自らの名を捨て誰よりもスウェーデン語を習得し誰よりもスウェーデン文化を身に着けていく。しかし彼女にサーミの血が流れる事実は変わらない。彼女はやがてサーミの人間でもなければスウェーデンの人間でもない、寄る辺なき存在であることを浮き彫りにされる。クライマックスでは「学校」がエレ・マリャの希望を阻害し「学問」が差別構造を覆い隠す。近代国家の諸制度が一人の少女の願いと恋を暴力的に踏みにじる。
彼女が最後に絞り出すように発する台詞は彼女をそこに追いやった人々が持つべき言葉のはずだ。さて我々はその言葉をどう受け取るべきだろうか。この映画の世界と我々は無縁ではないはずだ、今も尚。
2018/01/12
寄宿学校?必要最低限の知識を教えてくれる代わりに、研究/統計としての役割を果たさなければならない所。人としての扱いをされてない。
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