荒野の狼

美しさと哀しみとの荒野の狼のレビュー・感想・評価

美しさと哀しみと(1965年製作の映画)
4.0
本作では、嵐山・嵯峨野をロケ地にしているということで、同地を旅行した思い出にと映画を鑑賞した。ちなみに、本作の川端康成の原作でも同地が舞台になっている。まず冒頭で京都を訪れた山村聰(映画の公開当時55歳、原作の主人公の設定も55歳)が訪れるのが化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)の「西院(さい)の河原」で、無縁仏である石仏が、八千草薫(当時34歳)との不倫の結果の水子供養に相応しい。画家の八千草が弟子の加賀まりこ(当時21歳)と暮らしているのが嵐山らしく、渡月橋を渡って竹林を抜けて自宅に戻ったり、苔寺(西芳寺)で二人でスケッチをするシーンがある)。また、加賀と山本圭(当時25歳、山村の息子役)は二尊院を訪れるシーンがあるが、ここでは山門から三条西実隆の墓までが映されており、同墓は階段を上った場所にあり、観光客があまり訪れない場所(墓も素朴であることがむしろ有名)である。全体に加賀と八千草の情念を描いた映画であるが、二人ともほとんどのシーンで和服であり、日本的で暗く深い内面を反映するかのような嵐山・嵯峨野の風景は似つかわしい。その他のロケ地としては、最終盤に琵琶湖で加賀と山本がボートに乗るシーンがあるが、さっそうとボートを運転する加賀は颯爽としており、このシーンのみ洋装である。
本作の最終版に登場する「琵琶湖のホテル」は旧琵琶湖ホテルを連想させるが、琵琶湖ホテルはオリジナルのものは1998年に閉鎖されホテル機能は近接地に移転、建物は2002年に「びわ湖大津館」として復活している。瀬戸内晴美「嵯峨野より(1977年初版)」では、瀬戸内が川端康成と本作の逸話について語っており、また、旧琵琶湖ホテルに宿泊した時の体験も語っている。
本作は、一見すると小悪魔のような加賀が山村・山本親子も八千草も簡単に篭絡していくようにみえるが、実際に最低の人物は山村であり、八千草に行った過去の過ちの反省もなく加賀も受け入れ、危険人物と知りながら息子の山本に加賀が近づくことを止めもしない。この結果、妻である渡辺美佐子(当時33歳)の恨みの矛先は、山村ではなく、加賀と八千草に向かっていく。これは理不尽であるが、不倫にはありがちなことで、不倫をしている当事者の男ではなく、女性の間の闘いにすげ替わってしまうのは現実社会でもみるところ。そこで、この映画を八千草の視点から見ると、24年前の少女の頃に不倫相手として遊ばれた山村が突然、除夜の鐘を一緒に聞きたいなどと電話をしてくる。この時点で、八千草は水子となった子どもを忘れられず、絵の題材として毎日描いている。自分の弟子であり恋人である加賀のことを知り尽くした八千草ならば、加賀を山村に引き合わせれば、どのような結果になるか予想は容易であったはず。そうしてみれば、劇中では、加賀の行為を止めようとする八千草の本心というものが伺えるところ。加賀は師匠かつ恋人の八千草のために、純粋に(小悪魔的なたくらみではなく)、(八千草のかわりに)山村に復讐を考えたとしたほうが、加賀の行動には合点がいく。山村はいわば加害者であり、八千草は被害者なので、八千草の側からの視点で本作を味わうのが、むしろ自然と言える。ラストの加賀の涙も納得できる。
他に特筆すべきは、杉村春子(当時59歳)が八千草の母親役で短いながらも好演。また、八千草が作中で描いている絵は監督と親交があった池田満寿夫が描いたもの。
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