ベルサイユ製麺

汚れたミルク/あるセールスマンの告発のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

3.7
実話の再現物ではあるのですが…。
ゴリゴリの社会派タノヴィッチ監督の作品群の中でも一際異彩を放つ野心作に思えます。

舞台はパキスタン。某多国籍企業に雇用され、粉ミルクを売りまくっていた敏腕のセールスマンが、自らが販売していた粉ミルクの危険性に気付き、その企業を訴えようとします。しかし企業側は手段を選ばず彼の口を封じようと動きます。

基本構造がとても変わってた作品です。現在はカナダに逃れ暮らす元セールスマンの男がスカイプで語る当時の話を、ドイツでドキュメント番組を作ろうとするジャーナリスト達が聴き取る、というスタイルで映画は進みます。
主人公の体験談は、そのまま聴き手のジャーナリスト達の脳内の再現VTRのイメージとも直結していて、そのため細部がソフトフォーカスでボンヤリしていたり、実在の企業が途中から(仮)の企業に置き換えられたりします。主人公が語る事柄以外は我々は知るすべが無く、しかも彼はかつて自社の商品を売り込むためならグレーな手段も厭わないような(しかもそもそも企業に就職出来た経緯が怪しい)、いわば若干汚れたセールスマンでもあったようなのです…。本当に彼の話を鵜呑みにしてよいのか⁇本当に上司はそんなに悪そうな顔なの?
巨大な企業の限りなく黒く見える悪徳に立ち向かう、元身内の灰色の正義を、どのようなバランスで描くべきか(或いはそもそも描かないべきか)悩むジャーナリスト達を、描く映画。…頭がグラッグラしてきます。更に終盤に発覚するある事実によって、これらの公式は全て書き換えられます!上手いなぁ、もう!
物語の多くの部分を占める過去の回想パートが、明らかに普段のタノヴィッチ作品とは違うタッチで描かれているのも興味深いです。ひょっとして“ドイツのジャーナリストの想像する、まるで映画みたいなインドの日常”なのかな?複雑な事やってるなぁ(憶測です)。
普通に観ても面白く、且つ幾らでも深読みが出来る構造の大変な意欲作なのですが、惜しいかな実話が元になっていることもあって、かなりフワッとした結末になってしまっています。それだから良いとも言えなくは無いですが…。
それにしても、サスペンスやエンターテイメント作品以外での“主観の怪しさ”“悪の敵は正義なのか?”というテーマの打ち出しはとても新鮮で、間違いなく一見の価値は有ると思います。特に、日本で暮らす我々にとって今観るべき作品ですね。

…個人的には“主観こそを最も疑うべき”だし“悪の敵が正義では無かったともしても、悪は悪に変わり無い”と思っております。