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THE NET 網に囚われた男のpanpieのレビュー・感想・評価

THE NET 網に囚われた男(2016年製作の映画)
4.8
ずっと観たかった。
映画館で上映されていたけどその時は韓国映画に全く興味がなくスルーしていた事も覚えている。
今は何故あの時今作を観なかったか悔やんでいる。
それ程私の期待を裏切らない素晴らしく切ない作品だった。



北朝鮮で漁師を生業にしているナム・チョルは妻と一人娘と慎ましく幸せに暮らしていた。
ある日仕掛けておいた網にかかった魚を捕っていると網が船のモーターに絡まり動かなくなって潮の流れでどんどん南へ流されて行く。
船に立ち上がって監視員に手を振って助けを求めるがそれを見ていた北の監視員は上官に「撃て」と言われるが南との境界線で発砲はまずいと何も手を打てずにいるとナム・チョルはみるみる韓国の領海へ近づいて行きそして侵入してしまう。
韓国側に捕らえられソウルの警察署へ。
道中どんなに促されても目を開けることはなく北へ戻った時の為に何も見ないと頑なに目を開けない。
拘束されスパイの容疑をかけられ尋問される。
ナム・チョルの願いは家族のいる祖国へ帰る事。
ただ愛する妻と娘に会いたい、愛する祖国に戻りたいだけ。


韓国の取調官が酷い奴で来る日も来る日も同じ事を紙に書けと言われ前日と違う日付を書こうものなら次の日にまた同じ事を書かされる。
トイレで不意に襲われ逆にチョルの素早い身のこなしや武器を携帯していないのに素手での鮮やかな格闘術が凄くて想像していなかった為に取調官は不意を突かれやられた事ですっかりプライドを傷つけられた様でチョルが憎らしくて何とかスパイに仕立て上げようとする。
北の特殊部隊に在籍した事もあった事が一層スパイ容疑に拍車がかかる結果に。
ほんとこいつ腹立つ!
自然とチョルに加担してやってしまえ!と思って観ている私がいた。
警備担当のオ・ジヌが私達観ている者の代弁者だった。
彼だけが南の人間の中でチョルの人間性を知り客観的に見てスパイではないとチョルの側に立って上司に訴えかける。
ただ潮に流されて南に入ってしまっただけ。
買うのに10年かかった船を簡単には諦められず絡まった網を焼き切ろうとモーターを回し続けただけだった。
事態は複雑になって行きスパイとの線引きに悩む韓国の警察の姿もリアルだった。
亡命させると何もかも丸く収まる、納めたい韓国側の気持ちが見え隠れして事態は遅々として進まない。

警察は自白しないチョルに次の手段を講じる。
目を開けない事をいい事にソウル市内にチョルを置き去りにして一人きりにさせ北と違った文明の進んだ様子や行き来する南の人々が着飾り笑顔で楽しそうな事を見せつけ何とかここに残りたいと思わせる作戦だ。
チョルは警察の作戦でスリにあった様に仕組まれぶつかって倒されずっと見てはいけないと思って頑なに閉じていた目を転んだ拍子に思わず開けてしまった。
一度目を開けてしまったらその見た事もない大都市の様子に釘付けになりもう目を閉じる事は出来ない。
発展した自由な裕福な街を見れば亡命するだろうと上の命令でソウルの街中へ放り出され混乱し束の間警察を撒き歩き回るが自由な国にも影がある事を知る。
食べ残しやまだ使えそうな壊れたパソコンが簡単に捨てられていたりチョルには今まで知らなかった驚く事ばかりだ。

街の様子を見て歩いているとこの寒空に下着姿の若い女が逃げてきてその後を強面の男二人が追って行き泣き叫ぶ女を殴っている。
チョルはその男二人を叩きのめして女を助ける。
助けてくれたお礼に屋台で酒を奢られその女は弟を大学に行かせる為に体を売って金を稼いでいるとチョルに泣きながら話す。
こんな自由の国で何故嫌なのにこんな事をしているのかと女に聞くと女はお金がなけりゃ自由は買えないと告げる。
また自由の国の裏側を見る。
「あんたにだったら私は尽くすよ」
女からの誘いにも頑なに拒み女は諦めてまた店へ帰っていく。
その悲しそうな後ろ姿を見てチョルは着ていたコートをかけてやりその優しい気持ちを振り切る様に走っていく。

若い警察官のジヌはチョルを信じて上官の帰ってこいと言う命令にも従わずチョルが警察を巻く前に座っていた場所で待つ姿が胸を打つ。
約束を果たしチョルがそこに戻ると寒くて体を縮めて眠るジヌの姿がある。
南の人間にもいい人間はいるんだ。
チョルも北から教えられていた事と自分が経験した事の違いを身を以て知り何が正しいのかよく分からなくなってゆく。
チョルは無事に北へ家族の元へ帰る事が出来るのか?

北のスパイの男がトイレで会った時と死の間際会った時に詩のような言葉を言いチョルに娘に伝えて欲しいと頼む。
その時は「私はすぐに北へ帰るので」と言っていたチョルだったがある時あの男が逃げて来てチョルの目の前で舌を噛み切って自殺した。
チョルはソウルの街に逃げた時にその男との約束を果たす。
その男とはただ北の人間である事だけが共通点なだけなのに義理堅く約束を果たすのだ。
警察は巻いたはずだったがあの嫌な取調官は担当を外れたのにこの時チョルを尾け回していた。
本当に嫌な奴。
そこで韓国一番の腸詰スープが美味い店を探し出し〝娘〟にあの詩を伝える。
後でそれが娘ではなく北のスパイだったと知らされるがそんな事はどうでも良かった。
自分と同じ様に過酷な取り調べを受け続け無念の死を遂げた同胞との約束を守る事の方がチョルには大切だったのだ。


ナム・チョルを演じたリュ・スンボムがいい。
顔が芸人のなすびにしか見えないのだけど役にぴったりの哀愁ある顔だ。
韓国の警察に不意に襲われる所からのアクションが凄すぎる!
「武器がない相手だと5人倒せる」
と言っていたが銃を向けられなかったら警察官は殺されていたと思う。
リュ・スンボムのアクションが見れる映画を観てみたい。

今作で登場する嫌な取調官は朝鮮戦争で親族をなくした恨みを今でも北の人間にぶつける様な男として描かれており当時朝鮮半島に米ソの対立に中国が乗っかり国連軍がアメリカ側に付く想像よりも大きな戦争だった事を私は知らなかった。
北と南は休戦協定が結ばれて現在に至るが北とアメリカは休戦協定を結んでいない様だ。
知らなかった。
それで挑発を続ける北朝鮮に対して今でもアメリカとの一触即発の状態に納得がいった。

北朝鮮が8月29日早朝にミサイルを飛ばした。
暫く忘れていた聞き覚えのあるアラーム音が大音量で鳴り響き目覚まし時計より早くに起こされ何事だ!と思った事はまだ記憶に新しい。
全くお恥ずかしい限りだが北朝鮮関連の報道に苛立つものの私自身日本へは打って来ないと思い込んでいる節がある。
だが今回は北海道の上空を通ったのだ。
失敗してミサイルが落ちたとしたら…想像すると恐ろしい。
9月3日には水爆実験に成功したと報じた。
今迄挑発を繰り返して来たが今回はいつもと違って一段階更に危険へ進んだ感がある。
やりたい放題の金正恩をこれ以上トランプは刺激しないで欲しい。
核開発にかかるお金があるなら国民にもっと豊かな生活をさせないのかと思うけれど民主主義国家ではないですものね。
なんだかチョルが南の領海に入りそうな時に船を捨てて逃げられなかったのが分かる気がした。

北朝鮮人からみると韓国は南朝鮮、韓国人から見ると北朝鮮は北韓。
呼び方の違いに溝の深さを知る。








↓ここからネタバレあります。↓







チョルがソウル市内を歩いている様子がマスコミに取り上げられ北でも報道された事を知り警察はチョルを解放する事にやっと決めた。
北へ帰れる。
北でも妻と娘が泣きながら帰って来てと報道されているのをニュースで知る。
故郷へ帰る事になったが先行きに暗雲が立ち込め始める。

帰国する前にあの嫌な取調官に灰皿を手にブラインドを閉めるチョルがあいつを殺すんじゃないかと思ったが殺されなくてホッとした。
殺したらまた帰れなくなる。
でもあの取調官は本当に嫌な奴だった。
やられたらやり返す。
あの刺す様な目付きが忘れられない。

船のモーターを新しくしてもらい娘へのお土産のクマのぬいぐるみやこっそりドルを持たされるが帰国に心が晴れない。
支給された服を脱ぎ捨て下着一枚で故郷へ向かう。
チョルは大丈夫かな。
無事に家族に会えるのかな。

北へ着くと花輪を持った少女(この子「新感染」のスアンちゃんだった!ちょっと大きくなった様に見えた!)やマスコミが一斉に写真を撮ったりして出迎える住民は少数ではあったものの拍手で迎えられる。
そこに妻と娘の姿はない。
渡された国旗を腰に巻き英雄の様に迎えられたチョルは黒塗りの車に乗せられる。
連れて来られたのは古くて汚い建物の地下室。
私の予感は的中した。
ここでも過酷な取り調べが始まる。
南で何があったか全て書け!
同じだ。
北も南もやっている事は同じだった。

暴力を伴った尋問から解放され最愛の妻と娘に会えた喜びよりもチョルの心を占めたのは最早祖国への忠誠心や愛国心ではなかった。
南には教えられた通りの嫌な奴もいたがジヌの様な心が通い合う自分を信じてくれる人間もいたし自由で裕福な国には同情を寄せる不幸な人達もいた。
何が正しくて何が間違っているのか。
妻はいつもの様に夫に空白を埋める様に抱いて欲しかったがチョルは布団に寝たまま身動きもせず泣いた。

そしてラスト。



自由とは一体何か?
同じ民族が北と南に分けられ隔てられ国家の監視下に置かれ自由に行き来できなかったら?
この平和な日本で想像も出来ない。

チョルは網で魚を捕るのが日常だったが国境を超えてしまった自分を網にかかった魚と表現する場面がある。
実際にエンジンの故障で国境を超えてしまう事件や韓国側でスパイ捏造事件も起こっているそうだ。
それを元にキム・ギドク監督は4年前から脚本を書き温めて来たらしい。
民主主義の他国から描いたのではなく韓国人が北を批判しているのでもなくギドク監督の視点は冷静だ。
他国が干渉せずに平和的に解決又は統一できないものか。
不幸な分断がなくなる事を心から願う。


キム・ギドク監督作品は難解な作品が多いと聞く。
私は今作がギドク監督の初めて観た作品になるがとても興味が湧いた。
嫌な取調官役のキム・ヨンミンはギドク監督作品の常連と聞く。
彼の出演作も観てみたい。
もう完全に韓国映画ハマりました。
暫く抜け出せないかもしれません。(^^;;
オススメありましたら教えてください。
panpie

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