平野レミゼラブル

blank13の平野レミゼラブルのネタバレレビュー・内容・結末

blank13(2017年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

近所のレンタルビデオ店の「あ行から順に借りていって全制覇を目指した」というレベルに映画好きな俳優・斎藤工が齋藤工名義で監督した初長編作品(ちなみに『愛の~』から始まるタイトル群が無限に続くという難関は突破したものの、結局制覇はならなかったとかなんとか)。
元々斎藤工は売れっ子イケメン俳優としての地位を確立してからも嬉々として「戦後動乱の時代からタイムスリップしてふんどし姿の雀士となる童貞」や「魔法使いになった30歳過ぎの童貞」などの役をやる飾らなさが大好きです。そんなわけで監督作品も気になってはいたのですが観る機会を逃してまして、今月公開する監督2作目の長編映画の予習と、こないだ観た映画で救ってくれたお礼も兼ねて遂に鑑賞に至ったのですが、いやァ~また珍妙かつ面白い作品を撮りましたね!!

まず、余計なものを削ぎ落していって70分間という短さにする引き算の映画作りをしている時点で新人監督の貫禄ではない。
それもその筈で、元々短編やMVなどで監督として活躍しており、各地で賞を獲ったりするなど実績を着実に積んでからの長編デビューなんですね。いずれそちらの短編も観ることができるようなら観たいな……
作品の構成もかなり独特で、13年間蒸発していた親父が癌で入院しているところを家族に発見される前半と、親父が亡くなって法要の席に場面が移る後半の二部構成。タイトルロゴが出るのも前半が終了してからやっと(話にして半分終わった辺り)なので中々珍しい。

前半部分でリリー・フランキー演じる借金こさえて13年間失踪していたダメ親父(しかしリリーこんなんばっかりだな…)がいかにダメだったかを回想を交えて描写。役者としても出演している兄の斎藤工も、母の神野三鈴もお見舞いにも行かないほどに見捨てているが、高橋一生演じる弟は作文で賞を獲ったことを褒めてもらったり、キャッチボールをしてもらった思い出から憎みきることが出来ず会いに行く。屋上での13年の空白をそのまま表したような距離感が絶妙。結局、今でも親父が20万の借金をしているらしいことが判明して見下げ果てたのか、そんなに話すこともなく立ち去るが。

後半では親父が死ぬプロセスなどをバッサリ省き、法要終わりに参列者に思い出を語ってもらうという話に。これが、またコントのような雰囲気で奇妙…と言っても元々コント企画だったのを映画にしたということなのでその名残かもしれない。映画でコントやられても「いや表現媒体考えてくれよ」って普通なら思ってしまうが、本作の場合は前半から「煙草を買いに行ってくると言った親父の後に、まだ中身が残っている煙草を映す」といった物言わぬ重厚な演出を徹底しているので、コント部分にすら名作の雰囲気が漂うのが不思議だ。

あと、このコント部分で一番感心したのは佐藤二朗の完璧な扱い方。例によって「ハッハ!」という特徴的な笑い方からアドリブ全開になるのだけれども(と言っても、この思い出語り部分は全員アドリブで演じてるらしい)まず法要の場というシチュエーションでおふざけを程々に抑制し、「13年失踪していた親父のギャンブル仲間」というキャラ付けでむしろ変なおじさんである方が自然にさせている。その後はカラオケペンチおじさん、マジック爺さん、同居していたオカマといったやっぱりアクの強い面子の聞き役・突っ込み役・進行役に徹することで流れをサポート。暴走する佐藤二朗に精神をやられたばかりの身としては、この完璧な佐藤二朗の運用方法だけで感動してしまった。

そんな佐藤二朗を筆頭にしたトボけた面子が語っていく内に「困っている人を見たら助けてしまう人情の人」という親父の実情が浮かび上がってくる。まあそんな調子で借金塗れになって蒸発しているので家族からしたらクズなことに変わりはないが、兄も弟も父親の知られざる一面に衝撃を受ける。特に子供のためにマジックを習ったり、弟の作文を最後まで持っていた事実に親父の家族への想いがそのまま表れている。

兄と弟の参列者への挨拶も印象的だ。兄は父親を憎んでいることを語るが、途中で言葉に詰まって退席してしまう。複雑な思いをスピーチに乗せる演者としての斎藤工の力量も凄い。また、近くの別の家の葬式で泣いていたサクラとすれ違う対比も良い(冒頭で苗字が同じため、参列者が会場を間違えるというネタをやっていた)。冒頭で「人の価値って葬儀の大きさで決まるよな」と親父のことを腐していたが、ここで見た目は盛大でも中身が空虚な葬儀より、トボけた連中がちらほら集まる小さな公民館の葬儀の方に価値があったという逆転現象が起きる。

弟の挨拶もかつて作文で賞を獲ったとは思えぬほどに「父の良いところを知れて良かったです」といった「良かったです羅列作文」になっているのも味わい深い。父の良かったところを思わずたくさん知れたからこそ、まとまらない感情を少しずつ吐露していった名スピーチと言える。
参列こそしなかったものの、父と同じ煙草を静かに燻らせる母からは「全てをわかっている」が故の愛が感じられてしみじみとする。

物語に山もなければ谷もない、ただそのまま父の思い出と法要を流しただけの70分間ではあるが、構成の面白さと上質かつ寡黙な演出が一面的でない人間讃歌を謳いあげ、思いのほか深い作品だ。特徴的な物語の切り方、故人の人となりを思い出話で浮かび上がらせる構図は黒澤明の『生きる』をも思わせる。監督・齋藤工、これはもしかすると俳優・斎藤工以上に躍進するかもしれない……

オススメ!