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ゲット・アウトのshxtpieのレビュー・感想・評価

ゲット・アウト(2017年製作の映画)
4.5
『ゲット・アウト』が語っているのは、差別についてであるとともに、エキゾティシズムやオリエンタリズムについてでもある。はっきり言って、単に対象を異物として嫌悪したり否定したりする前者よりも、対象への憧れや勘違いを介して神格化したり没入したりする後者のほうがよっぽど厄介である。

白人は言う「わたしはアフリカ系のことを差別しないし、その文化についてよく理解している、アフリカ系はクールだ、アフリカ系は最高だ」。あるいは。「わたしは障害者を差別しないし、障害者を理解している」。「わたしはゲイを差別しないし、ゲイを理解している」。いや、障害者やゲイに限定せずとも、あなたが赤の他人にこう言われたらどうだろう。「わたしはあなたを差別しないし、あなたを理解している、あなたになりたいくらいだ」。いい迷惑というか、気味が悪い。

ぼくは家族に障害者がいるし、友人にゲイやレズビアン、バイセクシュアルもいる。だから、たまにそんなことを言う気はなくても、口を滑らせて余計なことを言ってしまう。「障害者に理解がある」とか「アフリカ系の音楽は最高だ」とか「ゲイのアーティストはクールだ」とか。ぼくは当事者じゃない。ほんとうに差別する気持ちやエキゾティシズムを感じていなければ、わざわざそんなことを言う必要はない。『ゲット・アウト』を観ていて、この薄気味悪い白人たちは自分なのではないのかと胸を抉られるようだった。

そう。『ゲット・アウト』は当事者性についての映画でもある。だからこそ『ゲット・アウト』のテーマは、アフリカ系とアングロ・サクソンという対立構造だけには到底回収されえない一般性がある。それだけで見事だと言わざるをえない。

だが、当事者以外は、語りえないものについては口を閉ざさねばならないのか。差別ではないかたちで、差異を無視することなく差異として認め、そのうえでなにかできることはないのか。残念ながら、『ゲット・アウト』はそこまでたどりついてはいない。

正直に言って、プロットは序盤でほぼすべて読めてしまうし、サスペンスとしてのおもしろみはない。ホラー描写もまだまだだ(だいたい、あの家のなかを横切った子どもの影はなんだったのか)。ラストカット、もしあそこに現れたのが白人の警察官だったとしたら、どうなっていたのだろう。そこまで見せてほしかったという気持ちもある。しかし、この知的でスリリングな傑作が 2017 年に生まれたことを、まずは賛辞とともに迎えたい。
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