KKMX

デヴィッド・リンチ:アートライフのKKMXのレビュー・感想・評価

4.0
 キ印師匠ことリンチ先生のドキュメンタリー。一見普通っぽい内容でしたが、リンチの特異性がビンビンに伝わる実にヤバいガーエーでした。自分が感じた3つの視点から感想を述べたいと思います。あと、画家リンチが描いた絵の感想も末尾に記載します。



①キ印師匠の狂気のルーツ

 本作を観て、リンチの描く狂気と病気の世界は、はっきり言って生得的なモノなんだとの印象を持ちました。あの世界観のルーツは家族関係とかトラウマとか、我々が計り知れるレベルのものではないですね。とにかくリンチは強烈な感受性を神から授かったように感じます。
 その強すぎる感覚が故に、暗闇に悪夢的なイメージを見出してしまうのでしょう。

 幼少期の頃、秋の夜に暗闇から現れた口から血を流す全裸の女性との遭遇の話は、ガチなのか悪夢と現実を混同しているのか不明でシビれました!「異界から来たようだった」とか最高すぎる。いや、異界から来てるだろ。
 青春期に学校が退屈で外で遊び回った話も、一見爽やかに思えるもよく聞くとヤバい。「学外は魅力に満ちていた…恋やダンスパーティー、暗く突飛な夢とかね」え!それ並列?並列になりませんよ普通!平和なトーンの中に明らかに奇妙な発言やエピソードがブッ込まれるのがまさに映画で描かれているリンチワールドそのものって感じです。スゲー!
 隣人のスミス一家との別れの話もよくわからないがとにかく不穏でした!

 美術学校時代に部屋から出れなくなった話はかなりギリギリでした。この危機をよく乗り越えたな〜。リンチは精神のバランスを本格的に崩す素因を持っている人だと思いますが、この時期はヤバかったと思います。ここで発病せずに堪えることができたのはデカいですね。



②狂気と正常性のバランス

 リンチは愛情深い家庭に育ちました。そして、意外なほど友だちの話が多い。彼は常に良き仲間に恵まれていた様子が窺えました。
 なんだかんだとリンチが発病しなかったのは、人間関係を作る土台がしっかりしており、そのためいかなる時期においてもあたたかな人間関係を形成し維持することができたためだと感じました。ヤバくなって引きこもっても、本質的な意味で孤立しないというか。
 もしリンチが寒々しい家庭に育ち、孤立しやすいタイプであったならば、美術学校時代に精神を病んだと思います。リンチの育ちの良さこそがリンチ自身を守ったように感じました。

 やがてリンチはフィラデルフィアに引っ越し、そこを根城にして創作活動に励みます。このフィラデルフィアの話がたまらなかったです。四つん這いで歩く女とか、一見フレンドリーな母子なのに、リンチが去った後に「あんな大人になるな」と子どもに話しかける母とか、狂った人間が溢れかえっていたようです。もろリンチガーエーの住人ですね。同時に、やる気のある学生が多くいてリンチも刺激を受けたとのこと。この狂気と真っ当さの同居がいかにもリンチです。
 リンチは真っ当な育ちで育んだ安定性をベースに、生まれ持った狂気の素因をアートに昇華していったのだと思います。このバランス感覚が、リンチを唯一無二の存在に押し上げたのだと推察しています。

 『エレファントマン』『ワイルド・アット・ハート』は健康面が優位になった作品で、『イレイザーヘッド』『ロスト・ハイウェイ』は狂気・病気性が優位になった作品だと感じます。
 『マルホランド・ドライブ』は両者のバランスが絶妙なので、代表作としての誉が高いのだと感じました。



③リンチと境界

 リンチの人生を追っていくと、かなり環境に左右されていることがわかります。ボストンは合わず精神的な危機を迎え、フィラデルフィアではリンチのバランス感覚とフィットした雰囲気でアートの感覚が高まり、LAは肌が合い高揚しています。それだけリンチは外からの刺激に過敏なのです。そして、その刺激がバッドなものである場合、悪夢的なイメージをまとって襲いかかってくるのでしょう。
 そのため、リンチは非常に警戒心が強く、壁を作ったり線を引いたりする必要があったのでしょう。

 リンチは本作で以下のように述べています。
「僕には3つの人生がある。友だちと遊び回る人生、人生の基礎となる人生、アトリエの人生。恋人ができても家には招かない。みんなが顔を合わせるとどうなるかわからず怖かった」

 つまりリンチは3つの人生を切り分け、完全に境界線を引いていたことになります。普通の感覚ならば、みんなが顔を合わせても特に大きな問題にはなりません。しかし、リンチはなぜか恐れます。
 おそらく、自分が引いた境界線が崩れることは、リンチにとって世界の崩壊を意味するのでしょう。友だち同士でまずいことが起きるわけではなく、そのような環境が生まれてしまうこと自体が、リンチの境界を揺るがし、そしてリンチ自身をも揺るがすのだと想像します。
 境界が崩壊すると自分の内面が外に漏れ出し、さらに外からの侵入を許します。悪夢的イメージを抱きやすい彼は、境界がなくなってしまうと、そのイメージに内と外から食い破られてしまうのかもしれません。彼は3つの人生を切り分けてそれぞれを守ることで、恐ろしいイメージをアート化することができたのだと思います。

 ちなみに大傑作『ロスト・ハイウェイ』の前半はまさにこの境界が崩れることがテーマとなっています。



【リンチが描く絵】

 映画以上に病的で最高でした。印象深い傾向としては……

①顔がぼやかされている
②首と胴体が離れている(線でつながっているパターンも多かったかも)
③手が長く、遠くから何かを触っている

 いかにもヤバいですが、怖いながらも好奇心の強さがなんとなく伝わってきます。怖がりだがチャレンジャーというか。侵入されないようにうまく自分を守っているようにも感じました。全体性は乏しいけれど、完全な分離はしていない印象。でも、基本的には常に脅かされている…そんな感想を抱きました。画集を買ってしまったら、夜に眺めて悪夢を見ちゃうかも。キ印師匠は画家としても超スゴいと思いました!
KKMX

KKMX