実際は82分らしいが、現存するフィルムが54分しかないらしい。
しかし。正直82分だろうが54分だろうが、という気はする。
晩年の若松作品にも感じることだが、ショッキングなテーマと露悪的な暴力やセックスにまつわる描写、ということへの妄執が若松作品のひとつのカラーだとして。
良くも悪くも、暴力もセックスも描写としては無節操に時代は若松監督を追い抜いてしまったように思う。
彼が描こうとしてきたものは時代によって移ろい行くような「風俗」であり、「当時」がリアルタイムである限り、現実と映画という虚構がリンクする部分もあったのだろうと想像する。
しかし、現代の目、に触れると何を描こうとしたのかが、途端にわからなくなる。
恐らく描こうとしたのは暴力であり、セックスであり、理不尽であり。
因果であり絶望であり。
それが生きている現実なのだろうと思う。
そこに色気もなく素っ気なく、棒立ちの青春を描くという意味で、若松孝二的なのかもしれないけれど。
あまり共感はできない。