TOSHI

散歩する侵略者のTOSHIのレビュー・感想・評価

散歩する侵略者(2017年製作の映画)
-
本作のタイトルを聞いて、ウルトラセブンのようなタイトルだと思ったが、「太陽」でも知られる前川知大率いる劇団「イキウメ」の、舞台の映画化だった。宇宙人による、地球侵略前夜の物語である。

冒頭から衝撃的だ。金魚を掬って買った女子高生・あきら(恒松祐里)が帰宅すると、家にいた家族が逃げ出そうとして引き戻され、室内が映されると惨殺されている。そして血まみれのまま道路を放浪するあきらの背後で、車は横転する。何者かが家族を殺害し、あきらに入れ替わったのだ。そして行方不明になった後、別人のようになって帰ってきた加瀬真治(松田龍平)と、不倫が分かり不仲だったのに、急に穏やかで優しくなった夫に戸惑う鳴海(長澤まさみ)の夫婦。真治は自分は宇宙人だと言い、会社を辞め、毎日散歩に出かけていく。一体、何をしているのか。
普通に見える海辺の街が、静かに不穏な世界へと姿を変えていく描写は、黒沢監督の真骨頂だ。
一家殺害事件の現場に来たジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、あきらを探しているという、宇宙人と名乗る謎の若者・天野(高杉真宙)に声をかけられた上、ガイドを依頼され、半信半疑のまま二人で行方を探す事になる。
真治は近所に住む引き籠りだった青年(満島慎之介)や、鳴海の妹(前田敦子)から、「所有」や「家族」といった概念を奪う。地球の侵略を狙う宇宙人(どこから来たのかは明らかにされない)は、人間に乗り移った上で、調査として地球人固有の概念を集めているのだった。概念を盗み、概念を盗まれた人間が、解放されたかのように人格が変わってしまうという設定が奇抜だ。正体不明の他者による侵略が人間の内側から行われて行く戦慄は、黒沢監督の「CURE」を彷彿とさせる。身勝手で人間的な理屈が通らない侵略者が、夫の姿をしているという不条理。まさに、絶望が愛する人の姿でやってくるのである。侵略に来た宇宙人だと名乗っているのに、人間はそれを信じない事に象徴されるように、会話が通じない宇宙人と人間のシュールな掛け合いが、全編を覆っている。
本作で人間的なのは、終始夫に怒っている鳴海と、ジャーナリズムに燃え、宇宙人の侵略を知ると、人々にそれを訴えようとする桜井だが、非日常に侵略される鳴海と、非日常に自ら入っていこうとする桜井が対照的だ。宇宙人に人格は無く、宿主の思考回路や記憶を使っており、宇宙人でもあり人間でもあるのだが、概念を収集する程、人間性を帯びてくるのが面白い。鳴海にとって、乗っ取られた真治がある意味、理想の真治に近づいてくるのがアイロニカルだ。
昏睡から目覚めたあきらと合流した桜井と天野は、廃工場で侵略のための通信機を製造するが、桜井は厚生労働省の役人・品川(笹野高史)に接触され、居場所を聞かれると共に、GPS発信器を渡される。それを機に政府から追われる事になり、同じく政府から追われる加瀬夫婦と合流しかかるが、真治が同じ宇宙人の天野・あきらと合流をためらう展開が意外だ。
隣国からのミサイルの誤射による、軍事施設が置かれた街での緊張感の高まり、概念を奪われ精神的な平衡を保てなくなった人々で溢れかえる病院。政府の集団と桜井達との対決の中、通信機は作動し、逃亡の末、ホテルの部屋で侵略の開始=人類の終わりを待つ二人。次第に、世界の終末感が映画を支配していく。最後に鳴海が真治に求める事が、結果的に人類を救うが、皮肉で悲痛な結末が訪れる。

日本テレビ制作の本作で、まさかの「愛は地球を救う」オチかという気がしないでもなかったが、説明を排除し、時々驚く程、現実感のない演出(本作では政府の集団が、機関銃をやたらと撃つ事等)で観客を挑発し、不条理が後味の悪さを残すという意味で、黒沢監督ならではの作品だった。

私は日本映画にとって突然、松田優作を失った損失はあまりにも大きく、30年近く経った今でもその穴は埋まっていないと考えているが(あれ程破壊力があって、スクリーンを支配できる俳優はいない)、本作でそっくりな風貌の、息子である松田龍平を見ていたら、もし松田優作が現代に生きていたら一つの方向性として、このような演技を志向していたのではないかと思え、大きな穴が少し埋まった気がした。
また前田敦子の他、街の教会で真治から愛とは何かについて尋ねられる牧師・東出昌大、最後に登場する医者・小泉今日子等の出番が少な過ぎるのが気になったのに加えて、大嶋じゃなくて児嶋一哉(アンジャッシュ)の刑事ぶりや、鳴海が勤めるデザイン会社社長・光石研の、カーディガンのプロデューサー巻きが似会っていない事等 、意図された訳ではないのに笑ってしまう箇所があった。

蛇足だが、黒沢監督の「クリーピー 偽りの隣人」で、香川照之や西島秀俊・竹内結子夫婦が住んでいた設定の家や、一家殺人が起こった設定の家は私の自宅から近くにあり、今でも結構、トラウマになっている(自宅を貸した人も、凄いが)。
TOSHI

TOSHI