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ターシャ・テューダー 静かな水の物語のundoのレビュー・感想・評価

4.0
達人の庭に、静かに静かに花が咲く。

アメリカの絵本作家、ターシャ・テューダーの歩みと、スローライフを貫いた彼女の人生を振り返るドキュメンタリー。

主役のターシャをはじめ、登場人物は彼女の家族や友人などで、全員アメリカ人。舞台もバーモント州にある彼女の自宅。
しかし、本作はなんと角川映画。監督も日本人。
エンドロール見るまで気づかなかったよ。

本作では、彼女のとても魅力的なライフスタイルと生涯が紹介される。
一言でいうと「スローライフ」という言葉から連想する、心豊かな生活の真髄を実践していた方、という印象。

本作撮影時に91歳の誕生日を迎えた彼女は、1915年生まれ。イングリッド・バーグマンやフランク・シナトラなんかと同い年。
第一次世界大戦の戦火が拡大し、日本軍は中国への干渉を進めている時期。

大都市ボストンに生まれた彼女は、写実的な肖像画家であった母親から絵の才能を、設計技師であった父親から手先の器用さや創造性を見事に受け継いだ。
母親は、愛らしい容姿の持ち主でもあった彼女を、華やかな社交界にデビューさせたかったが、彼女が選んだのは、農場で牛を飼い、好きな絵を描いて過ごすような生活だった。
両親の離婚も契機となり、彼女は、母親の知人宅で実際にそういう生活を始めることになる。その時、なんと9歳。
彼女の、自然を愛し、絵を愛し、足りないものは自分で作る、優しくも力強い、生命力に満ち溢れた生活はこの時から始まることになる。

ここでは省略するけど、彼女の生涯について絵本や彼女の創作物(いろんなモノを自分で作る)を通して知ることができる。

彼女が終の住処として選んだバーモント州の自宅には、素敵な庭がある。
色とりどりの草花が咲き乱れ、世界中のガーデナーからも注目を集めたこの庭は、荒れ地に彼女が種をまき、約30年をかけて1人で愛情を注いで作り上げたものだ。
自分の作りたい、さまざまな物を作ってきた彼女の集大成ともいえるもので、本作の大きな見どころといえるだろう。

そして本作は、コーギー犬映画でもある。
彼女の絵本の代表作『コーギービル』シリーズに多数登場するように、彼女はコーギー犬が大好き(同時に13頭飼っていたこともあるとか)で、本作にも彼女が飼っているコーギー犬が画面狭しと映りまくる。めんこい。

客観的にみると、彼女は苦労していたように思える。絵本を書いて、あまり働かない夫と、4人の子供たちを養い、育てながら農作業もしていた。しかし、彼女はすべてが幸せだったと語る。
当時はキツかったけど、後から振り返れば幸せ。というのではなく、当時も楽しかったのだという。

そう、彼女の偉大さは常にポジティブであり続けたことだと思う。
現代に生きる私たちは、お金のかかった、凝った娯楽を楽しんで、満足することも多い。
その満足度と、そういうものがない時代に、鳥の鳴き声を聞いたり、美しい自然の風景を見て楽しんだりしていた人たちとのそれに差はないのかもしれない。

人生の達人というフレーズには、多少使い古された感はあるけれど、全てをポジティブにとらえ、幸せの内にその生涯を終えた、ターシャ・テューダーにこそ、その称号を送りたい。
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