satoshi

ぼくの名前はズッキーニのsatoshiのレビュー・感想・評価

ぼくの名前はズッキーニ(2016年製作の映画)
3.8
 世界各国のアニメーション映画賞で評価されたスイス・フランス合作のストップ・モーションアニメ作品。最初は観るつもりはなかったのですが、映画館で見かけたポスターにあった、『この世界の片隅に』の片渕須直さんが寄せたコメントを読んだことで興味を持ち、時間もできたので鑑賞しました。

 まず観て思った事は、アニメーションの素晴らしさです。元は固い人形であるはずなのに、観ているうちに、本当に彼らが生きている気がして、彼らに感情移入してしまうのです。『ゴッホ~最期の手紙~』でも書きましたが、アニメーションとは、「アニマ」を語源としており、そのイズムは「アニミズム」と言われ、「森羅万象に魂が宿っている」とされています。つまり、本当なら生命が無いものに生命を宿すことがアニメーションと言えます。この点において、本作はまさしくアニメーションを体現したと言えると思います。しかも、人形を使うことで、どこか客観性が生まれたと思っていまして、「普遍的な話」として観れた気がします。

 話の内容も面白いです。本作のメインは愛されなかった子どもが、自分と同じ境遇の子ども、そして理解ある大人と触れ合うことで自分の居場所を見つけていく物語です。そして、それ以外にも、ズッキーニの初恋や、友との友情、そしてヒロイン・カミーユの奪還劇とかもあり、てんこ盛りの内容です。しかもこれらの後にきちんとメッセージも伝えてきます。なので、娯楽作として観てもとても面白いのです。

 本作の子どもたちは、何らかの事情で親と離れた子どもたちです。故に、自分には居場所が無いと思っています。そんな彼らが、共に触れ合うことで居場所を見つける。そしてそれは大人も同じです。レイモンがそうでしょう。そんな彼らが互いを治癒しあうのです。ここから本作は、人間にはどこかに自分の居場所があるのだという普遍的な話にスライドしていったと思います。

 また、「愛されない」ことにもラストで救いがあります。あの赤ちゃんは親に、そして周りにどう思われて生まれてきたか。あそこで本来、子どもは愛されて生まれてくるのだと我々は気付かされるのです。ひとりぼっちではないのですね。
satoshi

satoshi