蛸

夜は短し歩けよ乙女の蛸のレビュー・感想・評価

夜は短し歩けよ乙女(2017年製作の映画)
4.3
まるで自意識という「壁」が存在しないかのような人々たちのあいだに、有機的なつながりが生じては消えて行く。ここでは、出会ったばかりの人々がまるで10年来の友であるかのように接し合う。人々は自分の感情を曝け出すことに躊躇がなく全てが有機的に調和した世界観は多幸感に満ちている(逆にいうとこのような世界観は自意識への嫌悪感から生じたものだろう)。

この有機的に調和した世界ではあらゆる物事がスムーズに伝達される。
本を巡る人々のつながり、風邪の病原菌の連鎖に至るまでこの映画では徹底して、スムーズな連関が志向されるのだ。そこではつながりを阻む「壁」は、排除される運命にある。

そのつながりの中心にいる主人公の女性は、あらゆる側面(処女性や母性など)を同時に持つ、全ての他者に開かれた、自意識を持たない存在であるという意味で神的存在である。
この「黒髪の乙女」という神は、人々の自意識を消し去り、人々を繋ぎ合わせ有機的なネットワークを構築する。

そんな神に恋する「先輩」はこの映画で唯一、他者とのコミュニケーションの「壁」となる自意識を持った人間だ。彼は「黒髪の乙女」とは対照的存在である。
彼が「壁」を壊すとき(「黒髪の乙女」の中に自意識が芽生え)、真に有機的に調和した世界が誕生し、物語は円環構造のうちに幕を閉じる。

この映画はその意味で、永遠に終わらない一夜の物語を描いていると言えるだろう。

時空間を超越した物語展開や、それに伴う大胆なアニメーション表現による自由闊達な風通しの良さ。テーマと手法の幸福な合致。アニメーションの自由さを思い出させてくれるとても「気持ちが良い」傑作。
蛸