ナガエ

いぬやしきのナガエのレビュー・感想・評価

いぬやしき(2018年製作の映画)
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感想を一言で言うと、「これぐらいストーリー的に何もないと、逆に清々しくていいな」って感じでした。

これ、全然貶してるわけではないんです。なんというのか、この作品、「ストーリー的やお約束」みたいなのがほとんどないんですね。映画でもマンガでも小説でも、物語に触れる場合ってみんなたぶん、「次はこうなるかな」とか「この世界はこんな設定かな」とか考えてると思うんです。で、それってある程度その通りになるはずです。割とそうじゃないと、物語って成立しない。驚かされるようなこともあるんだけど、そればっかりってわけにはいかないし、基本的には、ある種の想定の範囲内の中に、違和感とか想定外とかを放り込むから面白くなるんだと思う。

でもこの物語は、割とそれが少ない。先が読めなくてハラハラする、みたいな意味の「先が読めない」みたいなことじゃなくて、なんというのかな、それこそ、主人公の一人が「人間であることを止めている」のと同じ感じで、この物語って全体が「物語であることを止めている」みたいな感じがするんです。

大体そういう物語って、あんまり面白くないなって思うことが多い気がします。僕は物語をある程度理屈で捉えている部分があるので、理屈が通っていないように感じられる物語には、あまり面白さを感じられないんだと思います。

ただ、この映画は面白かった。何でだろう。結構不思議だ。

例えばこの物語では、ある人物が殺人犯だって判明する場面とか、その人物の居場所を警察が突き止める場面とか、特に説明がないんですよ。原作のマンガの方でどうなってるのかは知らないんだけど、とにかくまったく説明されない。他にも説明されないことだらけで、正直何がなんだか分からない。理屈もクソもないし、想定しようもないから想定内も想定外もない。そんな感じ。

それでも面白かったのは、その理屈のなさみたいなものを徹底的に突き詰めたからなのかな、という感じがします。

この映画では、「家族とは」とか「正義とは」とか「人を殺すとは」とか「人を救うとは」みたいなことに対して、ほとんどありきたりの価値観を通していかない。僕らが普段生きているこの現実世界を、無条件で成り立たせている(ように見える)様々な価値観を、結構無視したまま物語が描かれていく。そしてそれを最後までやりきっている。中途半端にやらずに、徹底的にやりきったからこそ、普通には成立しなさそう物語が成り立っているのかな、と思いました。

映画を見ながらずっと、これってコミックだとどんな風に物語を引っ張ってるんだろう、と不思議に思いました。冒頭でも書いたみたいに、この話、ストーリー的にはほぼほぼ何もないと思うんです。最初の設定から戦いに至る展開まで、もちろんまったく理解不能とは言わないけど、何か意味を感じさせるような展開になってないと思うんですよね。映画だと、新宿の街を飛び回るみたいなCGがかなり大迫力だったし、映像的な面白さがあったから観れる部分もあるんだけど、マンガの場合、正直なところ、どれだけ頑張っても映像ほどの臨場感は与えられなそうな気がするんですね(あくまで「臨場感」という点に関してのみの比較)。ストーリーで引っ張れる物語ではないような気がしているから、マンガではどんな風に読者を惹き込んでるんだろうと思いながら見ていました。

内容に入ろうと思います。
会社では年下の上司に叱責され、家庭ではカースト最下層に追いやられているサラリーマン・犬屋敷は、ローンを組んで買った家に引っ越すも、妻・娘・息子から空気のように扱われる日々。迷い込んできた捨て犬を妻から捨ててこいと叱責された犬屋敷は、どこまでもついてくる犬を振り払おうと、やがて公園へとたどり着いた。そこには一人の青年がおり、そしてその夜、二人は眩しい光を浴び、犬屋敷は翌朝、レンズの取れた眼鏡を掛けた状態で公園で目を覚ました。
犬屋敷は自分の変化に驚愕した。なんと身体がロボット状になっているのだ。何が起こったかまるで理解できないながら、犬屋敷は普通の生活に戻ろうとする。
一方、同じ光を浴びた高校生の獅子神は、自らの変化を肯定的に認識し、その力を誇示しようとしていた。クラスでいじめられていたチョッコウ(あだ名)にその力を見せつけ、チョッコウをクラスに復帰させる手助けをするが、その一方で無意味な殺戮に手を染めた。
自らの力を悪のために使おうとする獅子神と、同じ力を人助けのために使おうとする犬屋敷。やがて相まみえることになる二人の、壮絶な戦いが新宿で展開される!
というような物語です。

個人的にはなかなか面白いと思った。全然すっきりするような物語ではないから、どうなんだろう、世間的に大きく受け入れられるのかどうかはなんとも判断できないんだけど。まったく理解不能の変化を遂げた二人を両極に置くことで、世の中で当たり前とされている様々な価値観を炙り出し、その是非を突きつけるような展開の物語は、見る人によって違う問いを受け取れるような、そんな物語であるような感じがします。

2時間の映画にまとめるために色々削ったんだろうから、この映画だけで原作を判断するわけにはいかないけど、どうなんだろう、この物語の中で登場する様々な人物について、コミックの方では描かれているもんなんだろうか?カツアゲされている息子とか、夢を追おうとしている娘とか、あるいは獅子神を好きなクラスメイトとか、獅子神の母親とか。そういう枝葉(この物語においては何が枝葉なのかよく分からないけど)についても、ちゃんと描かれてるのかな。個人的には、獅子神を好きでいるシオンというクラスメイトの話が気になる。

見た後、特に誰かに何かを伝えたくなるような映画ではないし、自分の中で何か思考を深められるような映画でもなかったんだけど、単純に観ていて面白かったという意味では、良い映画だったと思います。
ナガエ

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