TOSHI

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルのTOSHIのレビュー・感想・評価

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何故今更、トーニャ・ハーディングなのかと懐疑的だったが、観始めると、疾走感溢れるパワフルな作風に引き込まれて行った。

アメリカのフィギュア・スケート界で初めて、トリプル・アクセルを成功させた元オリンピック選手・トーニャ・ハーディング。2度の、冬季オリンピック出場を果たしている。映画はハーディングを含む事件の関係者への疑似インタビューと、ドラマタイズされた本編の構成で、両者がテンポよく交錯しながら進行する。誰でも知っている事実の再現性を追求しても仕方ない訳で、疑似インタビューや本編中の登場人物が突然カメラ目線で話す演出等で、事実から浮遊させてエンターテインメント作品を志向したのは正しいだろう。
オレゴン州に生まれたトーニャ(マーゴット・ロビー)は、母ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)の5回目の結婚相手との間に生まれた一人娘だが、タバコをチェーンスモーキングする、ラヴォナの高圧的な態度が圧倒的だ。貧しい家庭でトーニャに罵声を浴びせているが、娘に対する愛情はあるようで、富裕層のスポーツであるフィギュア・スケートに憧れる娘に、ウェイトレスとして稼いだ金を注ぎ込んで、ダイアン(ジュリアンヌ・ニコルソン)の教室のレッスンを受けさせる。父は離婚して去り、ラヴォナの暴力を受けつつも、猛練習の成果で才能を見せながら、トーニャは成長する。試合を観に来ていたジェフ(セバスチャン・スタン)と交際を始めるが、彼からも暴力を振るわれ、逆に銃で撃ったりするのに驚く。
トーニャの生い立ちや男運のなさに同情する一方で、問題の事件を起こすに至る、人格の形成プロセスに納得してしまう。愛に飢えた人生である事が、痛い程伝わって来る。実際のハーディングの人格よりも、人物像が緻密に作り込まれている事も、映画としての説得力をもたらしていた。天才とは才能が人格を上回っている人だが、彼女はまさにそんな、才能に人格が負けている人間である事が表現されている。

この母にしてこの娘ありという感じの、負けず嫌いで放漫な性格は、フィギュア・スケートで理想とされる選手像とは程遠く(廊下で喫煙し、出番直前までガムを噛んでいる)、大会で高得点を挙げられないと審判の問題にし、挙句には説得しようとするコーチのダイアンを解雇してしまう。
コーチを変え、ジェフと結婚したトーニャは、遂にトリプル・アクセルを跳びスターとなる。何回かある競技シーンが出色で、臨場感とトーニャの心情がビビッドに伝わってくる(高回転のジャンプはスタントを使っているようだが、それ以外のシーンはロビーが実際にスケートをしている)。

しかしこの時期が彼女の競技人生のピークで、1992年のアルベールビルオリンピックでは、過食による体重増で、着地に失敗して4位(ライバルのナンシー・ケリガンは銅メダルを獲得)となる。そして度重なる暴力により、ジェフと正式に離婚する。スケートを諦めていたトーニャを、ダイアンが訪れ、94年のリレハンミルオリンピックを目指す事を勧めるが…。社会を騒然とさせた、ケリガン襲撃事件に至るプロセス、スケート選手として破滅に向かう流れは、分かっていても目が離せない。その後の人生も興味深いが、栄光と転落を象徴するラストシーンが素晴らしい。
何度か流れるローラ・ブラニガンの「グロリア」が、効果的に使われていた。

何故、今トーニャ・ハーディングなのかという点については、それまで世間から好かれていた人物が、ある出来事を契機に社会の敵と化す物語には、現在のネット社会に通じる普遍性があるのだと感じた。社会の敵である悪役を欲する傾向は、ネット社会でより強まっているだろう。尚、アメリカでは、本作やテレビドキュメンタリーの放送で、事件の加害者を美化するのはおかしいとする、ネットでの現在47歳のトーニャに対するバッシングが起こっているという。
しかし映画としては評価されるべきで、痛快だがやるせない、独特のエンターテインメント作品に仕上がっていた。貧しい生い立ちの人物が、才能を武器に上り詰め、重大な過ちを犯し転落しながらも生きていく、壮絶な半生の物語は、事件を知らない若い世代にも強く訴える物があるだろう。当時を知る人も本作を観ると、あの伝説のトリプル・アクセルが、それまでとは全く違った物に見えてくる筈だ。
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