せんきち

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルのせんきちのレビュー・感想・評価

4.0

凄え面白い!


40代以上なら皆さんご存知ナンシー・ケリガン襲撃事件の顛末とトーニャ・ハーディングの人生を描く映画。


当時稀代の悪役として名を馳せたトーニャ・ハーディング。彼女の生い立ちは知らなかったが、これがなかなかに酷い。


トーニャのスケートの才能に気づいた母は自分の稼ぎのほとんどをスケートに費やすのだが、母の毒親っぷりが凄まじい。子供に一切愛情表現をせず罵倒を繰り返す。「あの子は厳しく言った方が力を発揮するんだ」とインタビューで答えるが、その目の恐ろしさ。トーニャだけでなくあらゆる人間を人と思ってない女。演じたアリソン・ジャネイはアカデミー助演女優賞を受賞してますが、とって当然の怪演。『プレシャス』の鬼母を演じたモニーク以上!つかこの母がやった事ってシリアルキラーの母がやった事とほとんど一緒なので、この程度で済んだトーニャ・ハーディングは相当優秀な人間なのではないか。


当然、そんな母から抜け出したいトーニャは近所の青年ジェフと恋に落ち結婚する。ところが、ジェフは典型的なDV夫で暴力→謝罪→SEXのパターンでトーニャを懐柔しようとする。別れる→よりを戻すを繰り返すトーニャとジェフ。ジェフの友人ショーンは自称政府工作員の誇大妄想狂ニート。ジェフとショーンのナンシー・ケリガンへの脅迫が驚くべき杜撰さで襲撃事件に転化していく。


なんつーかホワイトトラッシュ(白人貧困層)の博覧会で、出てくるキャラのほとんどがクズなので相対的にトーニャがマシにみえる始末。トーニャはトーニャで夫婦喧嘩にショットガンを持ち出すような人(夫の証言、本人は否定)なので、もう誰にも感情移入できない。



とはいえ、バカだしクズなんだけど彼らにも彼らなりの輝いている時期があった事を描写してるのは流石。特にトーニャとジェフの初デートのシーンはいい。ジェフの自宅で車の修理!あの貧しさと切なさ。『ロッキー』のスケートのシーン※思い出したわ。


※お金のないロッキーはエイドリアンにだけスケート靴を履かせて、自分は靴でリンクの中をついてまわるデート。泣ける。


ラストが素晴らしい。事件が発覚しマスコミに叩かれ裁判でフィギュアスケート界永久追放をくらうトーニャ。金を稼ぐためボクシングをする羽目になる。観客から叩きのめされる事だけ期待される最悪のビジネス。そこにフラッシュバックする彼女が公式戦でトリプルアクセルを決めた試合(アメリカ女子史上初!)。彼女の人生の最高と最悪の一瞬をシンクロさせる!


感動したのはラスト1秒。トーニャを倒れたままで描かないのだ。血まみれでも立ち向かっていくシーンで終える。ここに製作者のトーニャへの愛を感じた。常識も教養もなく下品で嘘つきだけど戦う姿勢は失わない。そこだけは認めたれよという声が聞こえてくる。



登場人物のほとんどが嘘つきなので、本作で提示される真相も怪しい。作中でトーニャが「だからどうなの?真実なんてどこにもありはしないわ」という台詞にぞっとした。フィギュアスケートで起きたしょうもない事件がフェイクニュースの本質をついているのだ。誰もが耳障りのいい”真実”だけ信じてる。20年前の事件を今映画化する意図はここだったのかと。
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