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アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルのsatoshiのレビュー・感想・評価

4.2
「バカばっか」

 鑑賞後、『機動戦艦ナデシコ』のルリルリよろしくこう思ってしまう本作は、ナンシー・ケリガン襲撃事件でスケート界を追われた女性スケート選手、トーニャ・ハーディングの半生を追った実録映画です。しかし、その内容はただの「実録映画」ではなく、トーニャ自身の人生のようにハチャメチャなものでした。

 というのも、本作は一応「関係者のインタビュー」を基にして作られているという体なのですが、肝心の各々の発言が食い違っているのです。例えばDVについてですが、母親のラヴォナは「殴ったのは1回だけ。しかもブラシでよ」と言います。また、夫のジェフは「殴ったけど、あいつも銃ぶっ放したんだ」と述べ、トーニャは「そんなことしてない」と言います。しかし、画面が変わると、ラヴォナは何十回もトーニャを叩いてますし、ジェフもガンガン暴力振るってるし、トーニャもトーニャで応戦して銃ぶっ放してるし、「全然違うじゃねえか!」というシーンの連続です。このように、本作はこういった矛盾を一切修正せず、劇中でそのまま行っているのです。しかも、登場人物が一々それらの矛盾に対して「突っ込み」を入れるわ、内容への注文を入れるわ、第4の壁を破って観客に向かって当時の失敗の言い訳をするわ、やりたい放題です。つまり、全員デッドプール状態。しかもこれらがかなりのハイテンポで進むため、「バカな奴らがバカな計略を立て、勝手に自滅してく」というブラック・コメディの様相を呈しています。ここから、語り口は『グッドフェローズ』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が連想されます。

 ただ、全体的にはコメディ調ですが、起こっていることを1つ1つ吟味していくと、実にシリアスな内容であることが分かります。考えてみると、トーニャの人生が不憫すぎます。貧しい家庭に生まれ、そこから抜け出そうとする毒親にスケートを教えられ、そのために学校も辞めさせられ、やっと結婚して幸せ掴んだと思ったらそいつがDV男で、スケートもそこまで評価もされず、トリプルアクセルでようやく評価されたと思ったらバカな男どものせいでスケート界を永久追放。何だこれ。そしてそこから浮き彫りになってくのは、マスコミと、それに乗っかる大衆批判、そして固定的なイメージに翻弄される女性という、結構真面目なものです。

 本作では、登場人物が各々の「真実」を語ります。それらは上述したように、それぞれ食い違っています。しかし、世間的な「真実」は「あの襲撃事件はトーニャが仕組んだんだ」というもの。そしてそれはトーニャの上述の過去や各々の証言を無視し、「何となく」作られたもの。トーニャは「世間には悪が必要なのよ」と言っていますが、まさにこれです。最初は笑って見ていたのですが、中盤でトーニャが「あんたたちよ」と観客に向かって言ったシーンでハッとしました。「あぁ、そういえば俺も大衆の1人だなぁ」と。

 本作は最終的に各々の人物の証言を採用し、世間とは違った「真実」を描き出しました。しかし、そんな「真実」にもトーニャは、というか本作は「クソくらえ」とばかりに中指を突き立て、何なら突き上げています。「これが真実よ。どう、満足した?」とばかりに。ラストのタイトル『アイ、トーニャ』が、彼女の芯の部分を表しているようでした。

 「真実」を多面的に描き、1本の映画として仕上げた手腕だけでも驚嘆しますが、他の部分も素晴らしい。特にカメラワークです。終始動いていて、非常にダイナミック。ジェフが出ていく下りなど、動きも大変凝っています。あそこは痺れた。しかもスケートのシーンは、ずっと彼女にカメラが着いて行って、まるでアクション映画です。これだけでも満足です。

 役者陣も最高でした。アリソン・ジャネイは圧巻の演技力でしたし、子役のマッケナ・グレイス、「ウィンターソルジャー・バッキー」ことセバスチャン・スタンも素晴らしかった。ですが、何といっても、マーゴット・ロビーには驚かされます。こんなに上手い役者だったんか。ラストのトーニャの苦悩の表情は素晴らしかったです。あそこだけで泣きそう。総じて、とても面白い映画でしたね。