エクストリームマン

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルのエクストリームマンのレビュー・感想・評価

4.3
America. They want someone to love, they want someone to hate.

多少でもフィギュアスケートを識っている者なら「ナンシー・ケリガン襲撃事件」くらい聞いたことはある(そしてアメリカでは実際誰もが知っている)だろうけど、その詳細や顛末について、そしてなにより犯人とされたトーニャ・ハーディング自身についてはどれくらい知っているだろう?

どんな思考回路をしていたらそんな事件が起こせるのかと、ニュースだけ見ていたら思うことは多くて、そういう類の事件は概ね凄惨な結末が多いけど、「ナンシー・ケリガン襲撃事件」の発端と顛末は、そういう諸々に輪をかけて間抜けで直接的で、底なしに面白く、また救いがない。本作には台風の目とも言うべきエクストリームなキャラクターが2人出てくるが、そのひとりであるショーン・エッカート(ポール・ウォルター・ハウザー)の振り回す根拠のない自信と純度百%の嘘が害のない妄想からシームレスに現実の「オペレーション」へと移行される時、史上稀に見る間抜けで悲惨な事件が起きたのだ。『スモーキング・ハイ』だって冷静に見えるような、ニートの戯言がピタゴラスイッチ的に現実化された時に破壊してしまったものの大きさは、ナンシー・ケリガンやトーニャ・ハーディングのスケート人生もさることながら、アメリカ合衆国におけるフィギュアスケート人気そのものであったことを考えると、その影響力の大きさにめまいがする。そういう意味では結果的にショーンは有言実行の人であったわけだけど、まだダイナーで嘘並べてるだけの方が無害だったのになぁと。ショーンのような人がいて、その類の人がこれだけのインパクトを社会に与えうることが、面白いと同時に空恐ろしくもある。世界にはショーンみたいな人はまんべんなく存在しているのだろうけど、それが本作で描かれているような形で表出するところがアメリカの特質という感じがする。

もうひとりのエクストリームなキャラクターは、もちろんアリソン・ジャネイ演じるトーニャ・ハーディングの母:ラヴォナ。他に類を見ない鬼母っぷりもさることながら、あらゆるものを利用して娘を徹底して鍛え上げようとするところも面白い。トーニャ・ハーディングがフィギュアスケートを続けていたとしても、最終的に美談におさめるにはエッジが尖りすぎているエピソードの数々。独特なファッションも相まって、終始目が離せない。

本作はトーニャ・ハーディングの生い立ちや栄光と転落を描いているが、同時にアメリカとアメリカンドリームの映画でもある。わざわざ両者を重ねて描いているというより、彼女の栄光と転落は、夢見る誰かに夢を見たがる願望と、夢から転落していく者を囚えて離さない顎を同時に持ち合わせた怪物=アメリカ社会の息遣いと共にある。ただ一方で、出身や教養の有無に関わらず、才能だけでトーニャ・ハーディングを評価し育て上げたコーチ:ダイアン・ローリンソン(ジュリアンヌ・ニコルソン)がいたこともまた、アマチュアリズムが透徹したプロフェッショナリズムと水平に繋がるアメリカ社会の良き側面であるだろう。