持て余す

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルの持て余すのレビュー・感想・評価

4.3
あの有名な『名探偵コナン』で「真実はいつもひとつ!」という決め台詞(原作では殆ど出てこないみたい)があるけれど、あれはなんとなく気の利いた感じはするけれど、誤り。

真実や真相などというものは観察する者やその立場、時間や心理状態でいくらでも変わってしまう。普遍性があって「いつもひとつ」なのは、真実ではなくて事実だ。

だから、この『アイ,トーニャ』ではトーニャ・ハーディングやその周囲の人間はそれぞれが自分の真実を語るが、結果的に事実は曖昧なままだ。だから、油断ならない。身の回りのリアルで考えてみても、加害者と被害者が逆だったなんてことはいくらでもあるし、ひとつの揉め事の中で加害者でありつつ被害者でもあることだってある。

少しばかり幼稚な善悪二元論でしか物事を捉えられないと、この手の物語に触れた際に、誰が「悪」なのかに振り回されて、「結局なんだったんだよ」で終わってしまうかもしれない。ただ、これこそがフィクションにおけるリアルの描き方として重要だと思う。逆に生々し過ぎるから、カメラに向かって話しかけるスタイルで中和してくれているようにも感じる。あのスタイルとても好きなので、楽しい。

結局、トーニャ・ハーディングについての事実はよく解らないままだったけど、あの頃のフィギュア・スケートはいまと比べて(スポーツとして)緩かったのだということは解った。たとえ、あの不良少女が無二の才能を持っていたのだとしても、あの生活スタイルでアスリートとして大成できるとは思えない。

オリンピックでこそメダルには届かなかったが、アメリカではトップの選手であったことは間違いないし、アメリカ人女性として初めてトリプル・アクセルを成功したというのは十分な金看板だ。現在は女子選手にも4回転の時代がきて、体を大きくしないための節制と跳ぶための筋力をつけるという殆ど矛盾に近いトレーニングが必要で、私生活の悩みなんかにリソースを使うような選手にはとても務まらないように見える。

フィギュア・スケートの才能で底辺から抜け出すのであれば、呆れるほどバカでクソ野郎のDV夫ジョンや、その類友であり危険なサイコパスであるショーンは、最も距離をおくべき個性の持ち主だ。だけど、トーニャもスケートの才能がなければ、同程度のモラルやマナーやエチケットの持ち主で、結局は自分の墓をせっせと掘っていたわけだ。

だから、チャンスを摑んで成り上がっても、暴行事件からの転落も意外であったり不運であったりというようには思えない。予定調和とも違うけれど、落ち着くところに落ち着いた感はある。事実はいつもひとつだ。

それにしても、マーゴット・ロビーのスケート技術にびっくりした。CGやスタントも使っているのだろうけど、経験者でもなくあの感じは単純にすごいことだと思う。
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