であれば

犬ヶ島のであればのレビュー・感想・評価

犬ヶ島(2018年製作の映画)
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確かに「日本」という舞台で発揮される「ウェス・アンダーソン」は本当にすごかった。
リスペクト溢れんばかりのオマージュや引用が多々あるのに「◯◯っぽさ」はほぼなく、完全にウェスナイズされた日本に昇華してるように見えたし、リスペクトゆえのギリギリ鬱陶しくないレベルに頻繁に現れる字幕のセンス、おそらく前作の成功によりそこそこまとまった資金と人が集まったのだろうと勘ぐるほど『ファンタスティック Mr.FOX』に比べてずっと向上したストップモーションの技術、相変わらず恵まれまくった音楽制作陣、神が細部に宿りまくってなるほどこれが八百万の神々かといった具合で本当に目にも耳にも楽しい映画だった。

ただ本当に致命的なことに、肝心の中身の部分に、文字通り、血が通ってないと感じてしまった。あまりに画面上が支配されすぎていた。
ウェスの映画から血を抜くとどうなるかと言うと、あの荒唐無稽で唐突でご都合主義的でさえあるウェス作品特有の物語展開から説得力が失われてしまい、端的に、話が面白くなくなる悲劇。

で、恐ろしいことに気付いてしまったのだけどもこれまでウェス・アンダーソンのそうした血潮や生命の部分を支えてきたのはビル・マーレイやジェイソン・シュワルツマン、エイドリアン・ブロディ、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズなどなど表情を動かさずともちゃんと血の通った演技をする良い役者陣が担うところが多かったわけで、彼らの肉体を抜いてしまったウェス映画はとにかく美しいおもちゃ、つまるところただの無機物に成り下がってしまうのじゃあないか。
ブルース・ウィリスが突然孤児を引き取ると言い出そうが、ブロディら3兄弟が突然父の形見の荷物を捨てようが、レイフ・ファインズが学も家族もないロビーボーイを一人の友人として認めようが、そこに至る感情の経緯が詳しく露骨に語られずともなんの違和感もなくスッと受け止められたのは彼らの繊細な血のめぐりと息遣いと体温とまなざしとが作品の中に行き渡っていたおかげだったわけで、そこを省いてしまったらもうあとは機械仕掛けに物語が動いたようにしか見えない。あのいつもの唐突でご都合主義的な展開も役者陣の人外的な力量により「まあそれも人生だから」で片付けられたものが、今作では単に「説明不足」に見えてしまった。

もう本当に情けないことになんでナツメグがチーフに惹かれたかもわからないしスポッツからチーフへあっさりと護衛犬の地位が明け渡されたのも納得しかねたしああも残酷で野蛮な手段を使っていた小林市長がアタリ少年に温情をかけたのかも謎だし(まあ大人が子供に対して途端に優しいのはウェスあるあるなんだけど)、小林市長が降板してアタリ少年が就任、犬たちは救われましたチャンチャンじゃあ受け止めきれなかった。ボス犬5匹の中で唯一野良だったチーフが選ばれたのもああそうですかそうでしょうともと思ってしまった。大好きなウェス・アンダーソンでここまで混乱することがあるなんて。

ストップ・モーション・アニメ映画の前作である『ファンタスティック Mr.FOX』に関して、「ウェスが画面に映る事物すべてを支配して撮ったものならさぞかし美しかろう」と期待して挑んだところ、どういうわけかまっっったく肌に合わず観るのが辛くなって途中で挫折してしまった経験があったのだけども『犬ヶ島』でその謎が解けてしまった。
声がたとえジョージ・クルーニーだろうとその器は小綺麗なおもちゃなのだ。ウェス・アンダーソンへの批判でよく「お人形遊び」という言葉が用いられているけども今回に関してはぐうの音も出ない。

好きだからこそ散々書いてしまったけども、器そのものはとにかく美しくて楽しいのでウェス・アンダーソンをあんまり知らない人にはオススメするかもしれない。ウェス・アンダーソンが大好きな人間に「犬ヶ島どうだった?」と聞かれたら、斜め上に目を逸らしほぼ白目の状態で思いっきり話を逸らすだろう。そういう映画だった。