磔刑

犬ヶ島の磔刑のレビュー・感想・評価

犬ヶ島(2018年製作の映画)
4.7
「もう一つの日本」

洋画でありがちな間違ったエキセントリックな日本感をひたすら詰め込んだ不思議な作品だ。
ただ今作で描かれる間違った(現実とは大きな齟齬がある)日本感は決して“日本の事は詳しくはないが、きっとこうなんだろう”といった西洋人の願望や先入観が先行したものではない。日本の歴史や文化、風俗、様式美を事細かに調べ尽くした末、その美醜の全てを先進的な技術、培われた芸術感で現代風に誇張しアップデートした日本人や日本の文化、歴史への深い敬意と理解に溢れた作品と言える。それを日本人ではなく遠く離れた異文化の人々が作ったと言う事実だけで胸が一杯になる。
何より今作を日本国外の人々が観たら間違いなくカルチャーショックを受けるだろう。しかし日本生まれ日本育ちの我々からしても忘れかけていた日本のアイデンティティとその尊さを逆輸入的なカルチャーショックにより思い出させてくれる作品だ。

細部まで作り込まれたパペットと風景美はあえて平面的に映す事で浮世絵や日本の漫画の様な趣があり、その様式美だけで日本人の潜在意識に訴えかけるものがある。独特な世界で織りなす人と犬との絆の物語は愛犬家なら目頭が熱くならざるを得ない。また、人と犬との主従の歴史と日本的な忠義心や武士道と言った現代では廃れた価値観と美徳を重ね合わせながらも犬本来の生き方、現代的な個人主義、リベラル的価値観の重要性を説くストーリーは現代人の生き方に対して問いかけをしている気がする。

今作が彩る独創的な世界観はただの空想の産物ではなく日本人の“今”と密接に繋がる“if”を描いている様に思える。
今作が描く“今”から数十年後の未来は決して2017年から想起できる形をしていない。どこか退廃的で大正時代や昭和初期の暮らしを感じるノスタルジックな世界観は寧ろ未来ではなく、過去の世界のように思える。しかし今作は確かに日本の未来を描いている。
日本が今の日本を形成する上で歴史上幾つかの大きなターニグポイントがあり、それを乗り越え今を形成している。そして本作の描く未来は例えば大政奉還が起きなかった未来、或いは第二次世界大戦で敗戦しなかった未来等、“今”に行き着くまでの幾つもの歴史的ターニングポイントで“今”が選んだ以外の選択肢、分岐をした“有り得たもう一つの日本の未来”を的確に描写しており、その説得力は“今”に生きる日本人の潜在意識とDNAに訴えかける力を持っている。

字幕版を鑑賞したのだが豪華声優陣の美声、日本語キャストの拙く辿々しい演技もどこか懐かしく郷愁にすら感じ、一層世界観の構築に貢献している。しかしビジュアルの細部にまで拘った視覚効果や細かい字幕を追うのに流石に忙しかった。独特の設定の複雑さも相まって情報量の多い作品なので何度か視聴して作品のディティールを埋めなければならないがそれも今後の楽しみとして置いておこう。

ウェス・アンダーソン監督の織りなす唯一無二の映像美はその美しさに浸っているだけで理屈抜きに“面白い映画を観た”満足感で一杯になれる。そして今作もその期待を全く裏切らないパワフル且つ美しい世界観に溢れ、喧騒に塗れる現実の時間と空間を逸脱した異空間にただ身を任せ漂うだけで圧倒的幸福感に浸れる作品となっている。
近年のディズニーアニメ作品群の完成度には新作がリリースされる度に唸らされるが全く対局からアプローチされた今作のアニメ映画における重要性はその完成度、独自性が裏付けしている。何はともあれ早く家に帰って可愛い愛犬におやつをあげたくなるそんな温かさに溢れた作品だ。
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