タラコフスキー

三度目の殺人のタラコフスキーのレビュー・感想・評価

三度目の殺人(2017年製作の映画)
1.5
台詞が多くてメッセージが先行し、反面映像に面白味も思想も哲学もほとんど感じられない映画がここまでつまらないものかとある意味驚愕した二時間だった

まず冒頭の殺しのシーンからして嘘か真か曖昧な物事に対する映画なのにぼんやりとした表現でなくはっきりと殺しを描いていて、そこはもっと頭のない女みたいに不明瞭に描写しろやと第一印象の時点で良い予感はしなかったのだけど、そこからは延々役者陣が演技しながら台詞をつらつら述べるシーンを羅列してばかりで主張を言葉としてしか発することができないのかと鑑賞中辟易して止まず加えて福山雅治と役所広司が中盤ガラス越しに手を合わせるところで顕著に感じられたのだけど、その場面で大事であろう手に焦点を当てることなくずっと役者の顔に焦点を当てていた点からも映像で表すことにそんな拘りがないとわかって失望し、二時間程度の上映時間なのにクーリンチェ少年殺人事件並みに長く感じられ、それでいて魅力的なシーンが極一部しかなかった分苦痛でたまらなかった

で、その一部の映像に魅力的なシーンだが、雪合戦の夢のシーンや面会室でガラス板の反射が福山雅治と役所広司それぞれお互いにダブるシーン、そのガラス板が最終盤で取っ払われたように見える箇所、そして同じく終盤で役所広司に後光が露骨にかかってるように見えたところもそのあざとさが一周回って面白かったしラストシーンの十字路も締めに相応しかったと思ったけど、その終盤にほとんど固まった良い点もそれまでの退屈さを挽回できるほどの力は持ち合わせていなかった

誰も知らないまでは瑞々しい表現で外れ作品の無かった是枝裕和がこれほど映像的魅力に欠けた説教臭いものを作ってしまうようになったかと、そして父になるあたりから兆候があったとはいえ落胆して仕方なく、今後彼の作品を劇場で見るのを躊躇いたくなるほどだったのだけど、逆説的にやはり映画において大事なのは映像表現であることの再確認とそれをしっかり意識していたクリストファー・ノーランの頑張りの再評価ができたので決して金と時間の無駄ではなかった……と前向きに捉えることにしよう