ロウリーがロマンチストであることは第1作からわかっていたが、本作は少々度を越していないだろうか。
例えば、妻が引っ越していく際に夫の視点から描くのではなく、家から離れていく妻に寄り添った視点を採択しているのは、夕陽の斜光に照らされたルーニー・マーラがいくら美しくとも、映画の統一性を損ねていやしないだろうか。かつてのハリウッドの職人監督ならばより冷徹に処理したであろう場面だ。ロウリーはあまりにも優しすぎると思う。また、思想を作中人物に長々と語らせる恥ずかしさもセルフプロデュースの弊害。
とはいえ、ノーランやマリックとは違い、エキセントリックな展開になろうとも描写に「慎ましさ」を常に失わないのがこの作家の美点であろう。報われなかった恋に対する忸怩と悔恨を思い出さずにはいられない結末であった。