ヨコヤマ

オン・ザ・ミルキー・ロードのヨコヤマのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

マジック・リアリズム、その先にある現実への祈り。

屠殺されたブタの生き血で水浴びする
ガチョウの群れにハエがたかる。
鏡の前でゼンマイ仕掛けのように飛び跳ね続ける
メンドリがポコポコと卵を産む。
ハヤブサとロバとクマは主人公である監督と友達。
のどかな日常で争っているのは人間だけの
無垢さと愚かさが混然となった
いつものクストリッツァ監督の独創的映画世界。

そこはまたもや花嫁をかっさらう話で持ち切りだ。
銃は祝砲となり、邪悪な権力者を笑うバルカンサウンドが
ようやく休戦を迎えた村をにぎやかにする。
両手に花嫁な監督による、体を張ったスラップスティックな
笑いのシーンも私たちを和ませる。
共に喪った者同士である監督と花嫁が
惹かれあい、寄り添う場面から滲む
人の持つ温かみ。

現実と虚構のはざまで、私たちはいつものように
動物たちと戯れ遊ぶ破天荒な登場人物たちの
ユーモラスな祝祭に加わろうとした瞬間。
大時計は二人の花嫁の手に噛みついて
その時間を停止させてしまう。
現実がじわじわと侵食してきたのだ。

ギリシア神話の悲恋物語のように
焼かれた村から監督と花嫁は逃げ出し
野原と山河をいっさんに駆けていく。
追う兵士の姿は黒子にもISにも見てとれる。
スコープで狙い、祝祭に火を放ち、山の上から監視し
楽園を目指そうとする者達を追い詰める。
無垢な動物さえも殺すのが戦争だ。

これはなんだろう、どうしたことだろう。
いつもの陽気で野蛮で、
ロマンチックなバカ騒ぎはどうなった?
言葉を失う悲痛な場面が続いていく。

今となっては唯一愛だけが意味のあるものだと
必死に逃げる二人を
ヘビとハヤブサとヒツジは何とか助けようとするも
この物語は悲恋の結末を迎えてしまう。

虚構は、現実に敗北してしまうのか。
どうにもならない悲惨な世界の現状が
映画におけるバカ騒ぎさえも影響を及ぼし
やがて焼き尽くしてしまうのか。

生命力に漲った昨日までの祝祭が今日には灰と化す時
荒唐無稽の裏にあったグロテスクな現実に
私たちは深く打ちのめされてしまう。
毎度登場する河に漂う花嫁衣装が
祭りの後に流れ着くのは、果たして目指した楽園なのか?

ヒツジ飼いの老人が、嘆き悲しむ監督を諭す。

「お前が死んだら誰が彼女を思い出すんだ。
愛の記憶を絶やすな」

涙がこぼれた。
唯一愛だけが意味のあるものであり
祝祭が終わっても愛へ続く道を人は進む。
地雷原に石を積み、彼女の記憶と夢見た楽園に泣く監督。

生き延びよう、伝えよう。
監督の祈りがしみじみと伝わった。

現実がそれを嗤い、消そうと企だてても
純真なるものが絶えず続きますように。
昔ばなしの救いのない結末にむかついた子供が
ある日寓話の真意に気づいて涙を流すとき。
陽気な音楽の底に流れる悲痛な叫びを知ったとき。
生きることのネガとポジを受け入れられたとき。
私たちは昨日よりも強く生きていける。