開明獣ーREV9

オン・ザ・ミルキー・ロードの開明獣ーREV9のレビュー・感想・評価

5.0
「アンダーグラウンド」と並ぶ傑作を未見の方々にご紹介致したく、リポスト。最近は忙しいこともあって、新作もレンタルも配信も観れてないが、それはどういうわけか、今ひとつどの作品にも食指が動かないことも影響しているようだ。ちょっとした映画鑑賞スランプは、そのうち脱するのだろうけれど、過去の鑑賞作品の中から、自分が感嘆したものを見つめ直すのには、いい機会かもしれない。

同胞が贄となった血を自ら浴びて跳ね狂う家鴨、ミルクに舌なめずりする毒蛇、音楽に合わせて巧みに踊るハヤブサ、鏡に映る己の姿に驚き卵を産む雌鶏、動物たちの奇妙奇天烈な振る舞いに囲まれて、主人公コスタは雨霰と降る弾丸をかいくぐって驢馬を疾駆させミルクを配達する。やがて戦争は停戦となり、シンコペートの効いたロマのフォークロアにのって、人々は狂喜し踊り明かす。だが、平和は束の間のものだった。理不尽な多国籍軍の攻撃が始まり、村人は酷くも虐殺されていく。辛くも難を逃れたコスタは、同じく難を逃れた花嫁役のモニカ・ベルッチ(劇中では、彼女に名はない)とあてどもない逃避行に旅立つ。

冒頭からエミール・クストリッツァが紡ぎ出す不思議な世界に没頭してしまう。ボスニア近辺の民族紛争は複雑で根が深く、我々日本人には理解するのは困難だ。近年では、カナダ人の作家、スティーブン・ギャロウェイの著書、「サラエボのチェリスト」で取り上げられ、米国人作家、「ガープの世界」、「ホテル・ニューハンプシャー」で著名なジョン・アーヴィングは、その初期の作品「158ポンドの結婚」の中で、一部その民族紛争の凄惨な有様を扱っている。アーヴィングや、その師匠のカート・ヴォネガットも、奇想と笑いの中に悲劇を織り込む達人だった。この作品にもそれに近いものを感じてしまう。喜劇と悲劇はまさに隣り合わせで、我々の綾なす人生を形作っているのだと。笑いと哀しみに関して、ヴォネガットはこう言っている。

「人間はどうしようもなく哀しい時は、実は笑いしか出てこないものなんだよ」

まさしく至言であろう。

クストリッツァ節全開のこの作品は、誤解されやすいが、いわゆる奇想を誇るようなポストモダン的なメタフィクションではない。悼ましい戦争が残す傷跡への深く、激しく、だが静かな怒りに鎮魂の歌を聴いた。戦争という絶対悪への諦めと憎しみなのか、それとも絶対悪をやめない人間への憤りと哀しみなのか。

最後のシーンが我々に問うものは何か。遠くから祈りの声が聞こえてくるようだった。