kohei

彼女がその名を知らない鳥たちのkoheiのレビュー・感想・評価

4.5
この映画こそ〇〇〇〇返しという宣伝文句を使うのに相応しい作品なのにあえて使わない頭の良さ。宣伝が難しそうな映画だけど予告編もうまく出来てるんだよなぁ。製作陣及び宣伝会社の愛を感じる。しかし良い映画だった。しみじみと。それにしても、2016〜18年の間の3年間で5本の映画を生み出す白石和彌という化け物監督。その量も去ることながら1本1本のクオリティも半端ないよ。要チェックってことで。



以下はネタバレありです



実際に阿部サダヲが演じた陣治のような人間はこの世に存在するのでしょうか。監督もしくわ原作者が、こうゆう人がいてくれたら世界は救われるだろうと願い作り出した偶像のようにも感じる。一方で松坂桃李や竹野内豊が演じたクズたちはいくらでもこの世に存在しているでしょう。

十和子の姉は「あんたみたいな子は外に出ないと」と言い、水島と黒崎は十和子を家から連れ出し外の世界を見せる。知らない世界を見て十和子は心を弾ませるけれど、その先に本当の幸せが訪れることはない。

他方、陣治は十和子を部屋に閉じ込めようとする。いわばそこは陣治と十和子の2人だけが存在する世界で、そこにしか幸せはないと陣治は十和子に信じこませる。それは、外の世界が危険に溢れていて、そこに本当の幸せがないと知っているからだろうか。

十和子は、こういった陣治の過保護な働きかけに嫌悪感を抱き、不潔で男らしくないと彼を貶す。「普通」より下の今の生活から抜け出したい、こんなみすぼらしい人間とどうして一緒に住んでいるんだろう、という疑問が頭を巡り…。次々と彼らの部屋(世界)に入ってくる水島、姉、警察。彼らの世界は乱されていき、十和子は陣治以外の全てを信じ、外へと繰り出していく。

というのが大まかなあらすじでしたが、ラストの展開によって全てがひっくり返った。

黒崎と悲痛な別れを遂げて「自分の部屋(世界)に閉じこもっていた」のは十和子の方だった。陣治はそんな十和子に幾度となく歩み寄り、外の世界の素晴らしさを見せてくれようとしていた。クリームパンからクリームがはみ出ると、それはもう食べることができなくなる。しかし彼は、クリームがはみ出てしまったクリームパンもクリームを掬って食べてくれるような人間だったのでしょう。この世界で、ひとりで歩くことすらままならない彼女を、外に出ても生きていけるように陣治は見守り続けた。時には電車に乗ってきた男を押し出し、水島の跡をつけ、黒崎との出来事を隠し続け。その行動は愛とも狂気とも受け取れるけれど、「優しさ」が確かに存在していた。

この世界は「シンデレラ」や「白雪姫」のようなおとぎ話の世界ではない。彼は誰よりもそのことを知っていて彼女にそのことを教えてあげる。しかし、彼は物語の最後にこの世から姿を消し、外の世界に「極上の幸せ」があると伝えた。この世界はクソだけど、それでも生きている価値はある。素晴らしい世界だって広がっている。僕はそこには行けないけれど、君ならその場所に行ける。どうか幸せになって、僕はずっと見守っているから。

羽ばたいていった陣治の姿と、今後この大きな世界に羽ばたいていくのであろう十和子の姿に、僕は感涙を禁じ得なかった。

何より、阿部サダヲを起用した人!あっぱれ!ありがとう!
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