TOSHI

彼女がその名を知らない鳥たちのTOSHIのレビュー・感想・評価

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蒼井優は近年、アラサーこじらせ女子的な、複雑な性格設定の役ばかりオファーがあるらしいが、これはまた自己中心的で、情緒不安定で、被害妄想と極度に歪んだ性格の役柄だ。十和子(蒼井優)は、建設会社に勤める15歳年上の陣治(阿部サダヲ)と同棲しているが、暴行を受けたにも関わらず、8年前に別れた黒崎(竹野内豊)の事が忘れられず、いつか迎えに来てくれる事を心待ちにしている。
十和子にベタボレな陣治は、女性なら誰でも嫌悪感を抱くであろう不快な男だ。ボサボサ頭で色黒の、6頭身の小男。卑屈で仕事の愚痴ばかり言う上に、水虫でめくれた足の皮をちびちび剥く不潔さ。食べ方も汚い上にヘビースモーカーだ。十和子が何故、そんな男と一緒にいるのかと言えば、陣治が購入したマンションで養ってもらっている上に、陣治を罵倒する事で、黒崎がいない毎日で精神的なバランスを保っているのだ。それでも陣治は、「十和子のためなら何でもできる」と言い続け、異常な献身を見せる。凄まじい組み合わせのカップルだ。二人が暮らす、空気が淀み散らかり気味の部屋が、見事に十和子の、“嫌いなのに一緒にいてしまう”心理を表している。
働きもせず家事もしない十和子は、もう一つ精神安定の手段として、クレーマーをしている。黒崎から貰った時計の修理をデパートに依頼し、修理は難しいと言う担当者にしつこくクレームの電話を入れていたが、新たに担当になった水島(松坂桃李)の優しく丁寧で甘い声に黒崎に似た物を感じ、代替品を持参してマンションを訪れた水島から突然キスをされた事で、何かが変わる。性欲が高まり眠れない十和子を、陣治が指で慰めるシーンの、屈折したエロティシズムが強烈だ。
水島が他店で探した、似たデザインの時計を差し出すと、十和子は妻子持ちにも関わらず、水島と身体を重ねていく。肌の露出こそ少ないものの、蒼井優がこれ程、性的な演技を見せるのは初めてだろう(終盤には街中の物影で、口淫するシーンまである)。
留守がちな十和子を心配する陣治から連絡を受けた十和子の姉・美鈴(赤澤ムック)は、黒崎との復縁を心配するが、何故か陣治はそれはないと言い切る。そして水島とホテルから出てきた十和子は、尾行している陣治に気付き、執拗に自分を付け回している事を知る。
十和子が黒崎の携帯番号を鳴らしてしまった事をきっかけとして、突然訪ねてきた刑事から、黒崎が5年前から失踪していることを知らされ動揺した十和子が、思い切って黒崎の妻・カヨ(村川絵梨)を訪ねた所、カヨの叔父で、かつて黒崎の会社の取締役だった國枝(中嶋しゅう)が出てきて、過去の消し去りたい記憶が甦る。國枝が黒崎を通じて十和子にさせた事、そして黒崎自身が十和子にした仕打ちに目を背けたくなる。黒崎も見た目は精悍だが、中身は最低なクズ男だったのだ。
水島の周辺でトラブルが起こり始めると共に、実は十和子を性の捌け口にしているだけの、彼の軽薄なゲス男ぶりが露呈し始める。陣治の言葉から、黒崎の失踪に陣治が関わっていると疑い始めた十和子は、水島の身も危ないと考え始める…。
十和子と陣治の間にあった衝撃の事実、そして嫌な女・下劣な男・ゲスな男・クズな男と、全く共感できない人物ばかりが入り乱れる壮絶な展開に、最後まで惹きつけられた。

ラストシーンの、簡単には理解できないが、究極の愛とも言えるアクロバティックな着地は、想像を超える物で、“普通”の甘ったるい恋愛映画ではあり得ない、例えようがない感動がそこにあった。上映中ずっと、何が“その名を知らない鳥たち”なのかと考えていたが、ラストで声が出そうになった。鑑賞後の帰り道、その後、十和子はどうなったのか考えずにはいられなかった。
初めての本格的な恋愛映画を手掛けた白石和彌監督は、原作の沼田まほかるならではの、人間の心の闇に迫りながら光を感じさせる世界観を、見事に映像化していた。「愛したいか、愛されたいか」。女性にとっては永遠のテーマを、哀しく、おぞましく描き切った驚愕の恋愛映画である。
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