きえ

彼女がその名を知らない鳥たちのきえのレビュー・感想・評価

4.0
『ユリゴコロ』に続いて2本目の沼田まほかる作品。まほかる小説にハマっていると言うTwitterのフォロワーさん一押しがこの作品だった。

まほかる作品は『ユリゴコロ』もそうだったように"究極の愛"をテーマにしたものが多い。業や宿命に導かれるように男と女が出会い愛の行方それ自体がサスペンスなのだ。

調べて知ったのだけど、まほかるさんはお寺に生まれ自身も得度(僧侶入門の儀式)をお受けになっている。人間の業だったり輪廻と言った仏教思想が作風から感じ取れるのはそう言う経歴が影響しているのだろう。

主人公十和子を演じるのは蒼井優さん。昨年は『オーバー・フェンス』で華麗なる"鳥ダンス"を披露し、今年はタイトルそのものを引っさげて戻ってきた。鳥繋がりな2本には共通する主人公の姿がある。過去の恋愛で傷付き心が壊れてしまった女の姿だ。今やこの手の役が真骨頂となってしまった感がある蒼井優さんだけど、この掴み所のない危うさって彼女ならではだと思う。上手い。

十和子は短く言うと共感0の女。仕事するでも家事をするでもなく食っちゃ寝ちゃの自堕落な生活。つまりヒモ女。例えそれが心の損壊から来るものであっても同じ女として共感も同情も出来ない人物像だ。

そんなヒモ女を養ってるのが阿部サダヲさん演じる陣治(陣痛を治めると書いて陣治。私にはこうとしか捉えられない… )。十和子にどんなに罵られても邪険にされても愛し続ける男のキャラが阿部サダヲさんの持つ不思議な狂気と最高にマッチする。しかし共感は0。

共感0×共感0の男女を主人公にした恋愛ムービーってどうなの?とは思ったが、脇に配置されたクズ度100%の男達も絡んでくると、もはや下手な共感なら要らないとさえ思えてくる。

とは言え共感0には共感0にならざるを得なかった理由もあったりする。こと十和子に関しては過去と現在の恋をシンクロさせながら、欲望に実直なある種の純粋さと、弱さと危うさと言うのは表と裏である事を如実に表す。

恐らく陣治が十和子に惹かれる理由はその危ういバランスなのだろう。純粋がゆえに弱い。弱いがゆえに依存的。依存的がゆえに男に堕ちやすい。恋だとか愛だとか以前に何が何でもほっとけない。何故?どうして?に明確に答えられない物…それを宿命と呼ぶのかもしれない。

過去の男を竹野内豊さん、今の男を松坂桃李さんが演じている。この男達を脳内メーカーで調べたら恐らく肉欲、私利私欲、保身の3つで埋められるだろう。肉欲と言うからには濃厚なラブシーンがそれぞれにあるのだけど、特に松坂桃李さんの男の狡さ全開のいやらしさったらなかった。

結局十和子には2つの疑問が湧く。何をしても揺るぎなく愛してくれてる男がいるのに何故だめんずを好きになってしまうのか?(普通なら愛される事によって心の基盤は安定し変な男には引っかからないはず) 何故罵り嫌悪する男と暮らせてしまうのか?(普通ならエッチもしたくない男とは暮らせない)

陣治にはもっと最大の疑問が湧く。罵倒され嫌われ挙句他の男と寝て帰ってくる女を何故愛せるのか?(エッチもさせて貰えないだよ‼︎) 何処までも一方通行な愛ってストーカーと変わらない… だけど、だけどだよ…

後半から一気に十和子が十和子足らしめる理由と陣治の愛の謎が解けて行く。陣治どんだけだよ‼︎

『あなたは人をどこまで愛せますか?』この難題を突き付けられる。と同時に愛するとは一体どう言う事なのか?愛って何なのか?

陣治の愛が本当の愛なのかは私には分からない。そこに愛の美学を感じる事も正直言うと出来ない。

それなのに…
それなのに…
号泣してた。

陣治は十和子がずっと側にいてくれる事それが全てだった。自尊心を取っ払う事で一方通行な愛に喜びすら見出していたけど、辛口な言い方をすればそれは自己愛に他ならない。しかし陣治の自己愛は十和子と運命を共にする事で初めて確固たる繋がりへと変わった。

そして十和子。何故だかだめんずばかりを引き寄せてしまう女。それは自分の弱さが招いている。男の言葉と行動に隠された狡さを見抜けないのは純粋さと言うよりはそれを受け入れてしまう自尊心の低さなのだと思う。

女の為に自尊心を捨てた男と男によって自尊心を狂わされた女は、最後に全てを共有する。ここから新たな関係が始まると思われたが陣治はまさかの行動に出た。ここで私の脳は軽く混乱する。何があっても側にいる事に揺るぎがなかった男のこれは何を意味するのだろう。自尊心に導かれ初めて己を貫いた瞬間なのだろうか。強烈に残り続ける愛のメッセージなのだろうか。

そして十和子は自分を取り戻す事が出来るのだろうか?自尊心を正常復帰する事が出来るのだろうか?

十和子がこの先どう生きるか、こう言うのはお酒飲みながらあーだこーだ想像論をツマミにしたい。

最後にここは残念だったと思う事を言わせて下さい。ラストの回想シーンは要らなかったかな。子供向けならいいけど大人映画なら鳥が飛び立ってスパッと終わる潔さが欲しかった。これで余韻は2倍に膨らむに違いない。
きえ

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